第四章 大空の上には
§1
ウィルが自ら母親を介錯し、天涯孤独の身になってから3日。王の間に向かう3つの影があった。騎士団長ウィルを先頭に、エトワールとランスロットが並んで歩いているという図であった。
「止まれ!」
「所属と名前、そして用件を簡潔に述べよ!」
お約束の慣例儀式である。例えそれが見慣れた顔の仲間同士であっても、これを省略して王の間に入る事は出来ない。尤も、秘密の脱出用経路を知っている衛兵や騎士たちがそこを使って情報のすっぱ抜きをしている事は、最早公然の秘密となっていたのだが、正面切って王に謁見する場合は別である。
「マーキュリー王国王室警護騎士団、総司令官ウィルフレッド・マクラーレン! 国王陛下にお願いがあって参上した。仔細は事前に通達が行っている筈、確認されたい」
その堂々たる名乗りに、近衛隊の衛兵は襟を正しながら、王への謁見依頼リストを確認した。すると、確かにそこに彼の名と同行者二名の名前、それに用件が書かれていた。
「ランスロット・パロ・サザーランドの特別警護要員申請……相違ないか?」
「間違いない。謁見の許可を願う」
「了解した。陛下の確認を取る間、暫し待たれよ」
(あーあ、面倒臭ぇ。あんな髭オヤジに会うだけで、何なんだよ。この仰々しさはよ)
ウィルは表情こそ崩さなかったが、内心ではこれでもかと云う程の悪態を吐いていた。そして使いに出た衛兵が戻ると、漸くその扉が開かれた。赤い絨毯が長く伸びた、無駄に広い空間。そして玉座の左右には各3名ずつ、合計6名の衛兵が銃剣を肩に提げつつ王を警護している。
「サザーランド国王陛下にお願いがあり、お時間を頂戴致しました!」
「苦しゅうない、面を上げよ」
(こっちが苦しいんだよ、このクソオヤジが!)
口許を僅かに引きつらせながら、ウィルを始めとする3名が一斉に顔を上げた。ここでサザーランドは、はて? と云う顔になった。ウィルとランスロットの顔は知っているが、見知らぬ少女が混じっていたからだ。
「女、名を名乗れ」
「エトワールと申します。孤児ゆえに姓はありません」
「陛下、先日命を救っていただき、私が城に招いた客人で御座います。この度の謁見は、実は彼女を私のボディガードとして付ける事をお認めいただきたく、お願いに参上した次第で御座います」
「ボディガード、とな?」
サザーランドは一瞬怪訝な表情を見せたが、その口髭を弄びながら暫し考え込んだ。が、ふむ……と短く唸ると、その目線をウィルの方へと向けた。
「陛下、彼の発言に偽りはありません。現に、この私との模擬戦にて戦績は互角。銃撃に特化した技能の持ち主でありますが、剣術に於いてもその実力は卓越しております」
「ふむ……宜しい、認めよう。但し、王家から給金は出せんぞ。ランスロット、そちの雇った私兵なのだからな」
「心得ております、陛下。御許可を頂き、有難うございます」
「ランスロット殿の身の安全は、この私にお任せください」
一同は最敬礼をすると、踵を返して玉座を後にした。が、不意にサザーランドはウィルを呼び止め、問い質した。
「ウィルフレッド、貴公の姓は我が妹と同じだった筈。しかし、名乗り上げたその姓は如何なるものか?」
その台詞を聞き、サザーランドに背を向けたままウィルは奥歯が砕けんばかりにその顎を強く噛み締めた。
「……母は……3日前に蟲に犯され、命を落としました。私がこの手で、介錯致しました。依って、それを契機に改姓し、父の姓を名乗る事としたので御座います」
「ほほう、何とも幸薄い事であるな。分かった、下がって宜しい」
「……!!」
その一言を聞いて一気に血を頭に昇らせたウィルは、剣の柄に手を掛け、今にも抜刀しそうになるのを必死に堪えていた。いや、ランスロットが居なければ即座に抜刀していたかも知れない。
「畏れながら、陛下。只今のお言葉はあまりにも……」
「あまりにも……何と申すか? ランスロットよ」
「……いえ、何でも御座いません。発言を撤回致します、お許しを」
「次は認めぬぞ。よいな!」
「ハッ!」
再び最敬礼をした後、ランスロットたちは回れ右をして玉座の前を後にした。ウィルは必死に呼吸の乱れを整え、肩を震わせながら先頭を歩いていた。彼を先頭にしたのは、その手や肩の動きをサザーランドの視線から隠す為の措置であった。
「そういう訳だったのかい、ウィル。知らなかったとはいえ、見舞いも添えず……悪かったな」
「いいんだ、気持ちだけ受け取って置くぜ。ありがとよ」
近衛兵が、何とも言えない……気の毒そうな表情で声を掛けた。それをウィルは背で受けて、短く礼を言ってその場を去った。だが、一番驚いていたのは他でもない、ランスロットだった。先の不用意な発言は、普段の彼ならばありえない愚挙である。
「僕にも知らせてくれなかったね、叔母さんの事」
「……知らせてどうなる? 状況が変わるならいざ知らず……それに知らせたらお前は何を置いてでも駆け付けて、自分の血をお袋に飲ませた筈だ。そうなれば、お袋は助かったかも知れねぇ。だが、その後で俺とお袋は高貴な血を独占した罪で投獄モンだぜ。そんなのは御免なんでな」
「ウィル!!」
「……今日のは貸しにしとくぜ、ランス。後は二人で話し合いな、心行くまで……な」
ランスロットの叫びを背で受けて、ウィルは去って行った。もう、これ以上は勘弁してくれよ……と言いたげな雰囲気だけをそこに残して。
「……あれが……あれが、民を束ねる王の態度なのか!? しかも、亡くなったのは自分の実の妹! それなのに……」
「あの人はね、ああいう人なのさ。エトワール、君も城内で迂闊な事を口走らない方が良い。何処で誰が聞いているか、分からないんだからね」
クッ、と唇を噛むエトワールを、ランスロットは優しく促した。彼女は先刻、正式に自分専属のSPとなったのだ。それを、むざむざ逮捕なんかされては堪らないと思ったのだろう。
「ウィルの事は……まぁ、許してやってよ」
「わ、私は別に……ただ、あまりに気の毒でな。実の母をその手に掛けなくてはならなかった事情、さぞ無念だったろうに」
エトワールはその拳をグッと握り締め、サザーランドへの怒りを如実に表現していた。そしてランスロットは、そんな彼女を宥めつつ、ここでは何だからという事で、取り敢えず自室へと通す事にした。
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