§4

 ウーノの惨状を天界から覗いていたガイアは、人口密集地に蟲化の傾向が強い事実を既に見抜き、その理由が『細菌は人間にしか適合せず、他の動物には影響しない』事も理解していた。つまり、未開拓のジャングルや海洋などに生きる野生の動物には影響は無く、人間だけに被害が出るよう『人工的に』造られた物である可能性を示唆し始めていたのである。しかし、それが誰の手によって、何処で製造・散布されているのかは、神の長を以てしても分からなかった。

「すると、やはりあれは突然変異の病原体である……と?」

「左様。染色体の形状によって感染するかどうかは決まります。恐らくは偶然、人間のみに適合する形の毒素が拡散した物かと」

 オネイロスの発言に、アスクレーピオスが相槌を打った。だが、ガイアはどうにも納得が行かぬと首を傾げるばかりであった。

「アスクレーピオス、そちは医師であろう? そのような病原体が人為的に造れるのかどうか、分からぬのか?」

「技術的に考えれば、可能では御座います。しかし、ウーノの文明レベルでそれが可能かどうかは……些か疑問で御座います」

「むぅ……」

 その回答を受け、ガイアは再び思考の闇に落ちた。千年ほど昔に、辺境の星でバイオハザードがあった事は記憶にある。だが、それはウーノから遠く離れた惑星での事故。とてもこの二つの星に関連があるとは思えなかったのだ。それに彼は、病原体の蔓延も気に掛かったが、その阻止の為……いや、自らの安全を確保する為に愛娘ノアの命を奪い、その実子であるランスロットからも血を奪うという暴挙に出ている愚劣な男・サザーランドに対し激しい怒りを覚え、天罰を……と考えていたのだった。しかし、ガイアがその怒りに任せて力を行使した場合、惑星のみならずその恒星系ごと消滅してしまう危険がある為、オネイロス以下、仕える神々によって何とか宥められ、辛うじて平静を保っている状態だったのだ。

「ノアは何故動かぬ? 肉体を失ったとて、神である事に変わりはない。その力は生前と変わらず行使できる筈だが」

「畏れながら。ノア様は、心優しきお方。罪なき民を巻き込んでの現状打破を好まないのだと思われます。それに、ノア様には肉体が無い。つまり、病原体の浄化に必要な血液も無い状態。よって、手を出したくとも出せないのかと……」

「控えよ、オーケアノス! ……そのような事は分かっておる、しかし……解せぬ!」

 ガイアに意見したのは、20年前にノアがウーノへ向かうのを手助けし、追手を食い止めて力尽き、全滅したティターン族の生き残りである、オーケアノスであった。彼はクレイオスの命令で伝令を務めた為、ノアの護衛として出陣することができず、エレクティオンに残留する事となった。その後、亡きクレイオスの後を引き継いで、戦闘部門の長となっていたのだ。

「ふむ……オーケアノス、貴殿配下の一部隊を派遣し、人間に扮して戦わせ、感染者を減らす事は出来ぬのか?」

「充分、可能です。しかしながら、オネイロス様。そのような措置を実施すれば、ノア様が酷く悲しまれる事は明白。それに、感染源を絶たない限り、この連鎖は永遠に続くのです。武力による策略に、平和的な結果は望めません。ウーノへ使者を送り、状況を把握する事が先決であるかと」

「むぅ……よし、適任者の選抜を急がせよ」

「ははっ、直ちに!」

 オーケアノスが口にした案は、とても戦闘隊の長とは思えない、極めて慎重なものであった。いや、戦い疲れた彼ならではの案である、と言い換えれば納得できるであろうか。ともあれ、蟲化の状況をより子細に把握し、的確な判断を下すため、改めて調査が行われる事となった。

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