§3
「なん……だと!?」
「だから、君が言っていた『特効薬』の正体は、母さんと……その子である僕の血なんだよ」
ランスロットが神の子である事に驚いたその直後、エトワールは更なる衝撃的な事実を知って愕然とした。まさか、探し求めていた秘薬の正体が、神の血であったとは……と。しかも、他の神では駄目で、神の長ガイアの子孫であるノアとランスロットに、その力がある……逆に言えば、ノア亡き今、その役を請けられるのは、ランスロットただ一人だけという事になる。更に、聞けば女神ノアは国王サザーランド16世による血の搾取を受け、辱めを受けて死んでいったと云うではないか。そんな男に媚び諂い、敢えて縋る意味が分からないと、エトワールは憤慨した。
「聞けば聞くほど、愚劣さが浮き彫りになるだけではないか! そんな男に長を任せるなど、民は一体何を考えているのだ!?」
「そう言わないで。父は……陛下は民の為、自ら進んで汚名を被っているんだ」
「実の子の血を抜き取り、高価で取引する男を庇い立てするのか? そなたは!」
「人が何と言おうと、僕にとっては親なんだ。味方になるのは……」
と、そこまで口に出し掛けた時、ドアがノックされランスロットは侍女から問い掛けを受けた。晩餐の支度をどうするか、という質問であった。そのような事で大事な話を……とエトワールは益々憤慨したが、反対側のドアから彼女を呼び寄せる人物があった。ウィルである。
「……そなたは?」
「アンタが奴を助けたって話を、小耳に挟んだんでな。俺は奴のお守り役で、ウィルって言う。宜しくな」
突然、眼前に現れて気さくに話を始める男に一瞬警戒したエトワールだったが、ランスロットと近しい仲の者と名乗る以上、怪しい人物では無かろうと思い直し、自らも自己紹介を始めると共に、今の会話の率直な感想を述べ始めた。
「エトワールだ……あの男は一体、何を考えているのだ? やっている事はただの自己犠牲、しかも国王の私利私欲を助長しているだけではないか」
「バカ正直が服を着て歩いているようなもんさ……という訳でだ。話を聞く限り、どうやら目的は一致するようだな。どうだ、この際手を組まねぇか?」
「手を?」
「ああ。奴の行動はかなり異様、危なっかしいにも程がある。で……俺としちゃあ、奴が国王の道具になったまま殺されるのを黙って見てるって訳には行かねぇし、アンタだって奴を守らなきゃ世界を救えない事が分かっただろ? ならば、やるべき事は同じになる筈だ」
その提案に対する回答を、エトワールは少々躊躇した。確かに彼を守らなければ、この星はいずれ破滅する。だが、目の前にいるこの男と手を結び、共同戦線を張る必要性が認められないのである。彼女には、もし必要に迫られた場合でも、自分一人でランスロットを守り切れる自信があったからだ。よって、この件に関する回答は少し待って欲しいという事にして即答を避け、会話は一旦終了した。
「失礼、話の途中だったね……とにかく僕は、今この世界を救えるのは自分一人しか居ない事を良く知っている。そしてそれを有力者が牛耳って支配しなければ、我が身を守ろうとする者達によって僕は殺され、骨の髄までしゃぶり尽くされるだろう。それを防ぐ為に、陛下は敢えてあのような措置を取っておられるんだ。確かに母を殺された憎しみはあるよ。けれど、彼の存在が無ければ、僕は生きている事すら出来ないんだ」
その台詞が、何処まで本当なのかはエトワールには分からなかった。だが、全ての民が彼の血液こそが蟲化を防ぐ唯一の秘薬だという事を知っている以上、最高権力者である国王によってその存在を守られ、血液の搾取も管理された上で行われなければ彼は本当に殺されてしまうだろう。だとすれば、取るべき道はただ一つ。
「良く分かった。そなたは絶対に守らねばならない存在なのだという事がな……その役目、この私が担う」
「……え?」
「私はノーヴェからの移民者だ。遺伝子操作および肉体の部分機械化によって、永久に止まらない心臓と劣化しない細胞を得た、不老不死の肉体を持った……な。だから、ここウーノの兵隊なんかよりは余程丈夫だ。ボディガードには打って付けだろう」
「あ、あの? ど、どうしてそういう話になるかなぁ?」
突然方向性を変えた話題に付いて行けず、ランスロットは狼狽し始めた。今は確か自分の事情と国王の立場に付いて説明していた筈。それがどうして『僕を守る』話に変わってしまうんだ? という事が分からなかったのである。そして更に、その会話に介入してくる男が居た。それが誰だかは、語るまでもあるまい。
「ふぅーん、何か見慣れない装備を付けてるし、ここの事情にも疎いと思ったら……まさか外国からのお客様だったとはねぇ。納得だよ、お嬢さん」
「……エトワールだ、先程名乗った筈だが?」
「洒落の分からねぇ嬢ちゃんだなぁ……まぁいい、これで事情は此処に居る全員が把握した訳だな。俺とアンタ、それにランスと……ノアがな」
「え? も、もう一人居るのか? ど、何処だ!? と云うか、ノア!? 先だって話題に出た、女神ノアか!?」
ウィルの台詞を聞いて、エトワールは思わず周囲を見回した。だが姿はおろか、気配すら感じられないその存在を、彼女に見付けられる筈は無かった。
「母さんはね、僕が小さい頃に国王によって大量の血液を搾取されて死んでしまった……それはさっき説明した通りだよ。けどね、今も僕の……いや、そこの彼、ウィルの傍に立っているよ。肉体を持たない精神体としてだけど」
「そ、それはもしや幽霊……!? じょ、冗談だろう? わ、私はそのような非科学的なモノは……」
「ちょ……どうしたの? 顔が青い、気分でも悪いのかい!?」
「そっ、そなたの所為だ!」
その台詞を聞き、ランスロットは『どうして?』と云う表情を作った。それを見たウィルとノアは思わず苦笑いを浮かべた。そしてエトワールは……その場にへたり込んでランスロットの脚に縋りつき、ふるふると震えていた。百戦錬磨の戦士である彼女の、意外過ぎる弱点がここに露見したのだった。
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