§2
「お待たせして申し訳ありません、国王陛下に……どうなさったのです?」
貴賓室では、エトワールが窓辺で爪を噛みながらウロウロしていた。テーブルにはキチンと食事が用意され、飲み物のボトルを用意したボーイも出番を待っていた。なのに何故彼女は席に着かないのだろうと、ランスロットは不思議に思った。
「お、遅いではないか! わ、私は、その……こういう席が苦手なのだ、落ち着かなくて敵わん」
「あー、お気に召しませんでしたか。済みません、もう少しフランクな食事に変えてください」
エトワールが落ち着かずにいる理由が『食事の好みが合わない所為』かと勘違いをしたランスロットは、ボーイに声を掛けて、メニューを変更するよう頼もうとした……が、どうやらそうでは無いらしい。
「そ、そういう意味ではないのだ! だ、だから礼は要らぬと……私は、そなたに話があって、その……済まないが、人払いをしてくれるか? 注目されるのは、ちょっと苦手なんだ」
「は、はぁ、そういう事でしたら……済みません、皆さんは外していただけますか?」
人前が苦手なのか、と漸く気付いたランスロットは、食事を下げると同時に部屋を空けるようボーイやメイドに指示を出した。いや、指示を出した、と言うよりは『お願い』に近いニュアンスであったが。
「た、助かる。それから、その……」
「何でしょう?」
「その、むず痒くなるような喋り方もやめてくれ。話し辛くていけない」
その言葉に、ランスロットは思わず目を丸くした。然もありなん、初対面同士、しかも相手の方が今のところ立場的に優位を占めるので敬意を表してこの言葉遣いにしていたのだが、それを否定されたのだから。
「喋り方、って……恩人に敬意を表するのは当然の……」
「私は蟲退治をしただけだ! たまたま、その下にそなたが居たに過ぎん」
はぁ……と、何故か丁寧口調や折り目正しい態度を敬遠しながら言葉を紡ぐエトワールに、ランスロットは『訳が分からん』といった感じの表情を向けるが、やがてパッと両手を広げ、胸を開く格好でニッコリ笑い、改めて問い掛けた。
「そういう事なら……これで良いかい? エトワールさん」
「……まぁ、良かろう。まだ少し尻の据わりが悪いが、やむをえん」
「で? 僕に何か話があるような口ぶりだったけど」
「そなたは先程、蟲に襲われ掛けていたが。あんな事がしょっちゅうあるのか?」
「え? あ、うーん……いきなり上を取られたのは初めてかな。外を出歩いていて、蟲に遭わない日は無いけど」
そこまで聞いて、エトワールはまたも唸り始めた。何が訊きたいのか、何を知りたいのか。それが分からないランスロットは、どうする事も出来ずに次の発言を待っていた。
「確か、この国には蟲に対する特効薬があると聞いてやって来たのだが……それらしき物を見た事が無い。ただの噂話だったのか?」
「特効薬って、それ……何処で聞いたの?」
「山を越えた向こうの、小さな国でな。宿を貸してくれた老夫婦に聞いたんだ。天から神様が降りて来て、金色に輝く風を振り撒いたら、蟲たちが人間になった、と……いや、信心深いご夫婦だったからな、神話と現実を取り違えていたのかも知れん」
山を越えた……って、ただの山じゃないぞ、山脈だぞ!? と、ランスロットは驚愕の表情でエトワールを見た。その華奢な身体の何処に、そんなスタミナがあるんだ? と。しかし、その発言より更に衝撃的な回答が、逆にエトワールを襲った。
「どうやって山を越えて来たかは、まぁ問わないとして。その話はいつ頃の話だか、訊いたかい?」
「かれこれ20年ほど昔の事らしいが……何か心当たりがあるのか?」
「ん-……それは多分、僕の母さんの事だと思う」
「……は!?」
サラッと言い放たれたその一言に、エトワールは思わず固まってしまった。然もありなん、女神降臨の話をしたのに、返って来たのは『母さん』と云うキーワード。これで驚くなと言う方が無理である。
「そなた、今……何と?」
「だから、それは僕の母さんの事だよ、って」
「ば、バカも休み休み言え! 世界中の何処を探したら、本物の女神に会えるというのだ! 大体、今の話が本当なら、そなたは……」
そこまで言い放った直後、エトワールは言葉を失った。目の前で、ランスロットが信じられない光景を創り上げていたからだ。何と、窓の外に向けてかざされた彼の手から金色の光が放たれ、その光が当たった雲がスッと晴れて、光が差しこんだのだ。
「驚く事は無いでしょ、女神の子なんだから。このぐらいは出来るよ……尤も、半分は人間なんだけどね」
「お、驚くな、だと……? む、無理を言うな!」
見れば、エトワールはすっかり驚いて腰が砕け、その場にへたり込んでいた。彼女も良くその体の強靭さと、ウーノには無い強力な装備で驚かれる事はあるが、今の光景は『驚く事は無いでしょ』で済むレベルではない。もはや次元が違っていた。
「君が聞いたという女神の姿は、たぶん母さんが二度目にこのウーノに来た時のものだと思う。一度目は浄化する為の手立てが分からずに、敗走したって聞いてるから」
「ウーノ、という名を知っている……? そなた、やはり……」
「だから言ったでしょ、女神の子だって」
ニコッと笑みを向け、ランスロットは未だへたり込んだままのエトワールに手を差し伸べた。が、彼女は何故か赤面しながら『一人で立てる、子供扱いするな! 年下のくせに』と言ってプイとそっぽを向いてしまった。最後の一言が少し引っ掛かったが、童顔のお姉さんなのかな? と強引に納得し、彼はまた笑顔に戻った。しかし、またも何か考え込んでしまったエトワールを見て、思わず肩を竦めるのだった。
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