第三章 悪夢の予感
§1
「ランスロット様、其方のご婦人は?」
「僕の恩人です。蟲に襲われ掛けたところを、助けていただきました」
「それは失礼致しました!」
その声と同時に、城門を守護する衛兵の銃剣が定位置に戻り、道が開かれた。直立不動となった衛兵に労いの言葉を掛けると、ランスロットはエトワールを誘導しながら城内へと入って行った。
「そなた、かなり高い位を持っているな?」
「いやぁ、単に王族の血筋だから優遇されているだけです。僕が偉い訳ではありません」
サラリと言ってのけると、ランスロットは侍女を呼び寄せ、エトワールを歓待するよう頼んで、自分はそのまま国王の元へと向かった。エトワールと云う『外部の者』を城内に招き入れた事は、既に情報として国王に伝わっている筈。ならば、此方から報告をして先手を打っておかねば、後々厄介な事になるからである。
「直ぐに参ります、少々お待ちください。お食事の用意をして貰うよう、お願いして来ますから」
ランスロットはあくまで本当の用件は伏せて、にこやかに振る舞った。だが、いきなり別室へと通されたエトワールは動揺した。歓待など求めてはいないし、王宮に招かれた事自体が彼女にとってはイレギュラー。全くの想定外だったのである。
**********
王の居室前には、当然の事ながら衛兵が立っている。彼ら衛兵は基本的に国王や高位の者を警護する為の近衛隊であり、国軍に相当する騎士団とは一線を画する存在である。なので、ランスロットは何故彼がそこに立っているのか、それが不思議でならなかった。そう、二人いる衛兵の片方が、何故か騎士団長であるウィルだったのだ。
「ウィル、何でこんな所に?」
「んー? エリート部隊も生理現象には勝てねぇ、って事さ。たまたま通り掛かったんでな、代わってやったのさ……お前こそこんな所に何の用だ?」
「ああ、お客さんをお連れしたからね。陛下にご報告しておかないと」
「あー? 客だぁ?」
そう声に出し、ウィルは怪訝な表情を浮かべながら、扉を潜るランスロットを見送った。と、丁度そこに交代していた衛兵が戻って来たので、彼は『御苦労さん』と一声かけてその場を後にした。そして小走りに脱出用通路を逆に伝い、玉座の裏側に出て息を潜め、国王とランスロットのやり取りに耳を傾けた。虫の知らせ、とでも言おうか。余程の事が無い限り、ランスロットの方から王の間に向かう事は無く、いつも『呼び付けられて』あの扉を潜るのが常なのに、何故? と思ったのである。
耳を澄まして様子を窺うと、丁度ランスロットが王への挨拶を終えた所だった。その後に、ウィルにとっては聞きたくもない声が木霊した。
「聞いておる、命を救われたそうだな」
「はっ、面目ありません。この私とした事が、迂闊でした。危うく体を傷つけ、血を流してしまうところでした」
「自覚しておれば良い。そちの血一滴は、巨万の財宝以上の値打ちがあるのだ。それを忘れてはならぬ」
「心得ております、陛下。して、その恩人を城に招きまして御座います。謝礼として歓待したいので、お耳に入れておこうと思い参上致した次第で御座います」
ここまでの話を聞いて、ウィルは反吐が出そうになるのを必死に堪えていた。全身に鳥肌が立ち、思わず漏れそうになる声を懸命に抑えた。何でアイツはあんな奴にヘコヘコできるんだ、あの媚び諂った口調は何なんだ、と。
「ふむ……良かろう、認める。早く客のもとへ行くがいい。相手はそちの恩人、無礼があってはならん」
「ははっ! 失礼致します」
ランスロットは最敬礼をした後、スッと踵を返して玉座を後にした。それを確認したウィルは、また急いで脱出用通路を伝って先回りし、人気のない廊下でランスロットを待ち受けた。
**********
「どうしたんだいウィル? 急いでいるんだけど」
「どうもこうもあるか! 何だ、あのヘコヘコした態度は!」
「……盗み聞きとは行儀が悪いね。僕のあの態度? 相手は国王陛下だ、当たり前の対応だろ? 謁見するのに事前の申し入れが不要なだけ、凄いと思って貰いたいね」
シレッと言い放つランスロットを見て、ウィルはいよいよ堪忍袋の緒が切れるのを自覚した。ただでさえ許し難い存在であるあの男に対し頭を下げる時点で既に腹立たしいのに、あそこまで罵られ、間接的にノアをも侮辱したあの言葉を聞いてどうして笑っていられるんだ! と。
「お前……自分があの男に何をされているか、本当に分かっているのか!?」
「されているんじゃない、僕が僕の意思でやっている事だよ。だから、周りにとやかく言われる筋合いじゃない。放って置いてくれないか?」
「……ッ!!」
さも面倒臭そうに答えるランスロットの襟首を掴み、ウィルが食って掛かった。その拳は固く握られ、確実にランスロットの頬を捉えていた。が、しかしその時! 信じられない事が起こった。
「やめてえぇぇ!!」
「……!?」
懐かしい声。ウィルにとって、永遠に失ったと思っていた愛しい人の声。それが何故聞こえる……? と、彼は思わず周囲を見回した。すると……
「お願い、やめてウィル……乱暴はやめて」
「ノ・ア……? ノアなのか!?」
「ウィル……? 見えるの? 私が見えるのね!?」
うっすらと透けてはいたが、その姿は確かにノアだった。ウィルは何度も何度も目を擦り、名前を呼んで確かめた。あの日と全く変わらない、美しいその姿で……彼女は潤んだ瞳で自分を見詰めていた。二度と会えないと諦めていた彼女が、すぐそこに居た。信じられない光景ではあったが、紛れもない現実だった。
「ノア……そっか、神様だもんな。死ぬ訳がないんだよな」
「貴方に触れられる肉体は、滅んでしまったけれど……ごめんなさい、生きている事を告げる術が無かったの」
お互いに目を潤ませながら、二人は対峙した。ランスロットに対する怒りも何処へやら、ウィルは慌てて涙を拭いながら笑顔を作っていた。
(へぇ……奇跡って、あるものなんだなぁ。これは安くないね、母さんにウィル……おっと、この隙に!)
ノアとウィルが感動の再会に喜んでいる隙を衝き、ランスロットはまんまと抜け出して、エトワールが待たされている貴賓室へと急いだ。
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