§6
「ここは……?」
「当マーキュリー王国の王宮で御座います。先の神風を御覧になった国王陛下が、是非お力をと」
「そのようなお約束をせずとも、私はこの国……いえ、全ての人々を救おうと考えております」
「まあ、そう仰らず……貴女をお連れしなければ、私は処刑されてしまいます。どうか助けると思って」
必死に食い下がる大臣を見て、この人は嘘をついてはいない……本当に命令に従っているだけなのだという事を、ノアは即座に見抜いていた。事実、大臣は頻りに汗を拭いながら、カチカチと歯を鳴らして小刻みに震えていた。もし此処で馬車を降りてしまえば、彼は本当に罰を受けてしまうだろう。そう考えると、無碍にする事は出来なかったのだ。
やがて城門を潜り、一行は玉座の前へと歩を進めた。そこには、数名の侍女と側近に周りを護らせた男が座していた。その男からは、先程の大臣とは違う……禍々しい『気』が感じられ、ノアは思わず戦慄した。
「エインズワース! 大儀であった、下がって良い」
「ははぁ!」
朱色の衣服を纏った銀髪の男性は、深々と最敬礼をすると踵を返し、いま来た道を戻って行った。擦れ違いざまにノアに会釈をすると、彼は一瞬だけ悲しそうな目を彼女に向け、去って行った。
「名を聞こう」
「物を訪ねる時は、まず御自分から名乗りを上げるのが筋ではないのですか?」
いきなり横柄な態度に出る目の前の男に対し、ノアは毅然たる態度で応じた。だが、男はそれでもニヤニヤと薄笑いを浮かべ、悪びれた様子すら見せずにノアを見下ろしていた。人間が神を見下ろす……在り得ない光景がそこで展開されていた。
「これは失礼。余はコンラッド・ルーク・サザーランド、この国の王である」
「ノアと申します。サザーランド国王陛下、お話は車の中でお窺い致しました。私は貴方とのお約束なぞ無くとも、全ての民を救って……」
「ほ? 誰が全ての民を、等と? 余が望むのは王族と、それに準ずる貴族階級の安全だけ。下々の者なぞ、どうでも良い」
「なッ……!?」
その言葉は一瞬でノアを激高させた。優しい心根を持つ彼女を言葉一つで、しかもここまで怒らせる事は、そうそう出来る物ではない。だが、目の前の男はそれをいとも容易くやってのけた。それほど彼の発言は悪意に満ちていたのだ。
「……冗談ではありません、民は全て平等であるべき。仮にもその民の頂点に立つ貴方が、そのような物言いを……信じられません! 私は不愉快です、帰らせて……」
ノアの言葉はそこまでで遮られてしまった。近衛兵の一団が一斉に長槍を彼女に向け、そのうちの一本は確実に喉元を捉えていたのである。
「如何な女神とは言え、王宮の中では余には逆らえぬ。余計な事は考えぬ方が身の為であるぞ?」
「このような囲みなぞ、容易く排除できます。それに、私に血を流させれば、それだけ助かる人も少なくなるのですよ?」
「ノア殿、貴殿にその囲みを除く事は出来ぬ。力を以て排除すれば、槍を構える衛兵が傷付く……貴殿にそれが出来るかな?」
「ぐッ……!」
図星を衝かれ、ノアは返す言葉を失った。そして更に、彼女は致命的なミスを犯している事に気付いていなかった。
「傷を付けずに、地下に閉じ込めよ! ……そうか、そなたの血が……成る程、それは丁重に扱わねばならんのう。ククク……あーっはっはっは!!」
高笑いを上げるサザーランドをキッと睨み付けつつも、上肢を拘束され自由を奪われたノアに反撃の手立ては無い。そうして彼女は捕えられ、時折、無理矢理に血を搾取される日々が始まったのである。
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