§4

 オネイロス付きの侍女であるナパイアは、彼の指示によって離れに食事を運んでいた。それは外出を禁じられ、厳重な監視のもとに置かれたノアの為に用意された物であった。

「止まれ!」

「オネイロス様の命により、ノア様にお食事をお持ち致しました」

「失礼、中身を改めさせて貰う……宜しい、通りなさい」

 ペコリと頭を下げつつ、食事一式が載った巨大なトレーをフワフワと浮かべながら、彼女は入り口を通過して行った。首からオネイロス直筆の通行証を提げているお蔭で、彼女の周囲のみポッカリと穴が開いたように結界が開き、彼女が通った後にまたスゥッと穴が閉じた。徹底した警護体制であった。尤も、警護とは名ばかりの幽閉である為、建物の周囲を囲うように配置されているティターン達は皆、心苦しく思っていたようだ。

 そして数十分が経過したであろうか。そろそろ食事も終わるであろうという頃、ナパイアがトレーをフワフワと浮かべながら結界を通り抜けて出て来た。正面を警護するヒュペリーオーンのチェックを受け、彼女はまたペコリと頭を下げて去って行った。

(ウーノはどうなるのだろう?)

(分からん。ただ、ガイア様があまり積極的でない事は明白。ノア様としては辛いところであろう)

 ヒュペリーオーンとオーケアノスが思念波で対話をした。肉声で話すには些か距離がある為の措置だが、それでも互いの姿が目視できる程度の距離である。と、そこへ……

「……!! ……!!」

「な、何!?」

 正面の入り口からノアの衣服を着た誰かが出て来て、結界を内側から叩いていた。内側からの声は遮断されるため何を言っているのかは分からなかったが、ノア本人では無い事は明らかだった。そしてヒュペリーオーンがその顔を確かめると、何と中で叫んでいるのは、先刻食事を運んで来た侍女・ナパイアであった。

 急いで結界を部分的に解き、ナパイアを外に出して事情を窺うと、ノアは食事には一切手を付けようとせず、一心に祈りを捧げていたという。それを見て彼女の身を案じたナパイアはそっと背後から近づき、どうか一口だけでもと食事を勧めようとしたのだが、その瞬間にスッと意識が無くなり、気が付いた時には通行証と衣服を奪われていて、ノアの姿はどこにも無かった……という事であった。

「では! 先刻通過したのがノア様、という事に……」

「け、警報を! 急ぎオネイロス様に報告し、ノア様をお探しするのだ!!」

 ティターン達は、もぬけの殻となった離れを放棄し、総出で捜索に出ようとした。しかし、その時!

「えぇい、狼狽えるな!! 栄えあるティターン族ともあろう者が、見苦しいぞ!!」

 クレイオスの一喝が、騒然となった一同を瞬時に静まらせた。だが、いち早く我に返ったヒュペリーオーンが、クレイオスに詰め寄り、意見をし始めた。

「クレイオス隊長! 事は重大です、早急に手を打たねば手遅れに……」

「侍女を一人で通した時点で、既に手遅れだったのだ。しかし……フッ、可愛いお顔をして、やる事は大胆……畏れ入る」

「隊長、そんな悠長な!」

「……ヒュペリーオーン、一個小隊を率いて追討に出よ。ノア様の行く先は分かっている筈だ、追えるであろう。オーケアノス、オネイロス様に御報告を。なるべく事を荒げぬよう、内々にな。私はヒュペリーオーン隊の殿に付き、迫り来るであろう追っ手を阻む!」

 はぁ? とティターン達は首を傾げた。ノアの行動を抑止する為であれば、人手は多い方が良い筈。なのに……と。しかし、彼は分かっていたのだ。最早ノアは誰が制止してもその決意を曲げる事なく、自らの意思を貫くであろう事を。そして、彼女がその気になれば、下級神である自分達では、束になって掛かっても歯が立たないであろう事を……つまり、ヒュペリーオーン達の役目はノアを捕える事では無く、逆に彼女を護る事だったのだ。

 そして、その事を全員が納得すると、彼らは『一族の名に懸けて!』と一致団結、行動に出たのであった。

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