§2

『キィッ!』

「……!!」

 突如、ノアは上空からの攻撃に晒された。それは丁度、ガイアの遣いでウーノを視察していた時の事だった。

 惑星ウーノ……そこは豊かな自然に恵まれた、平和な星であった。だが、突然疫病のように流行り出した人類の蟲化が深刻な問題となり、平和な大地は途端に恐怖の坩堝と化したのだった。その情報を得たガイアは、屈強な衛兵・ティターン達を護衛に付けてノアをウーノへと派遣し、状況視察を命じたのである。

「ノア様! 大丈夫ですか!?」

「大した事はありません、掠り傷です」

「しかし、お怪我が!」

「心配ありま……え!?」

 そこまで言い掛けた彼女は、目の前で起こった現象を見て驚いた。なんと、手の甲から滴り落ちる血をその身に受けた蟲が、見る間に人間の姿に戻って行くではないか。

「こ、これは一体?」

「もしや……神の血には、この蟲化を抑止する効果があるのでは……ならば!」

 護衛として追従していたティターンの一人クレイオスが、自らの指先を剣で傷付けて鮮血を蟲に浴びせた。だが、先刻ノアの血を受けた者のように元に戻る事は無かった。

「そんな……!」

「……どうやら効果があるのは、私の血だけのようですね」

 そう呟いたノアが何を考えているかは、ティターン達には直ぐに察しが付いた。クレイオスの合図と共にノアは羽交い絞めにされ、両腕の自由を奪われていた。

「な、何を……?」

「ノア様、お許しを!!」

「は……うっ!!」

 ティターン特有の巨躯を駆使して放たれた掌底をモロに受け、ノアは意識を失った。部隊長であるクレイオスは、口惜しさで涙を零し、噛み締めた唇から血を流しながら全軍撤退を指令した。このまま戦闘を継続すれば口減らしは出来るかも知れない、しかし無尽蔵に増え続ける敵を相手取るのは良策とは言えない。それにノアが意識を取り戻せば、彼女は制止を振り切ってでも自らを傷付け、血を流して蟲たちを浄化するであろう……それだけは避けねばならなかった。

「全軍に通達! 意識を集中させよ……エレクティオンをイメージするのだ!!」

 震える声で、クレイオスが指令を下した。と、全員が一斉に瞑目し、印を唱えた。次の瞬間、ティターン達は一斉に、瞬時に姿を消した。神の住処――拠点エレクティオンへと瞬間移動したのである。


**********


 目を開くと、そこは自室のベッドの上であった。意識を取り戻したノアが最初に見た物は、ベッドの天蓋であった。

「こ、ここは……ハッ! う、ウーノは!? 民たちはどうなったのです!?」

「ノア様! ……どうか、ご無礼をお許し下さい」

「クレイオス! 貴方、怪我を!?」

 クレイオスは全身に夥しい生傷を作り、ドアの前で跪いていた。それを見たノアは、彼が戦いで傷付いたものと勘違いをして、手当てをするよう命じる為、医学の神アスクレーピオスを呼び寄せようとした。しかし、クレイオスはそれを拒否し、悲しみを帯びた笑みを浮かべてノアに報告を始めた。

「この傷は、私自身が戒めの為に付けたもの。戦傷では御座いません」

「自ら? ……一体、何のために?」

「私は一軍の指揮官でありながら、戦闘行為を放棄して部下と共に帰還致しました。それゆえ、自らに課した罰で御座います」

 その回答を聞き、ノアは意識を失う直前、何があったのかを思い出した。そうだ、私は彼の当て身によって意識を失ったのだ、という事を。しかし彼女はクレイオスを責める事が出来なかった。彼が自分の身を案じて、敢えてあのような行為に出たのだという事を理解していたからである。

「ごめんなさい、クレイオス。私の為に、軍を引くような行為を……」

「いえ! あれは私の一存による決定です。ノア様が気に病む事ではありません」

「……ごめんなさい」

 ノアの涙はその頬を伝い、手当てが施された左の手の甲に零れ落ちた。涙するノアを見たクレイオスは、思わず彼女の傍まで駆け寄り、その小さな手を優しく握り締めて微笑んだ。

「対策を、練らなくてはなりません。涙する事は後でも出来ます、今は神として為すべき事を!」

「……!! そうでしたね。父の元へ参ります、手を貸してください」

「御意に」

 打撃のダメージは思いのほか強く、ノアは未だに自力で立ち上がる事すら儘ならなかった。流石は戦の申し子ティターンの長、その拳圧だけで女神にここまでダメージを与えられる存在は如何に天界広しと言え、彼を置いて他には居るまい。クレイオスはノアの身体を優しくその手に抱くと、折り曲げた自らの左腕にそっと座らせて、ノシノシと歩き出した。

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