第二章 幸福の王子
§1
「お前は! 何時になったら俺の言う事を理解しやがるンだ!? いい加減、あんな王族の言いなりなんか止めちまえ!」
「僕は、僕がこうするべきだと思うから、こうして血を捧げているんだよ。父上の言いなりじゃない、これは僕の意思なんだ」
「バカか! お前まで死んじまうつもりかよ、アイツみてぇによ!!」
荒い口調で目の前の少年を責め立てる、茶髪の青年が居た。彼は濃紺の布地に金色の装飾が施された衣服を纏い、腰には剣を携えていた。武具を携帯している事から察して、どうやら軍隊に属する兵士のようである。
そしてその責めを、少々煩げに聞きながら青年に反抗する少年は、白地に金の装飾という、これまた豪奢な衣服で身を包み、王家の紋章の入った胸飾りを付けていた。青年の発言から察して、王室関係者であるらしい。
「母さんは、民を守る為に自ら命を捧げたんだ。あれは父の命令じゃない、自分の意思でやった事なんだ」
「ったく、親子揃って! いいか、アイツは確かにお前の親父かも知れねぇ。だが、無理矢理にノアを孕ませた鬼畜じゃねぇか! それが俺たちの長だと!? この国の王だと!? ハッ! 反吐が出るぜ!」
「相変わらずだねウィル。でもね、陛下は陛下で、民の事を思って……」
「やめろ! 何が陛下だ、あんな……あんな下種野郎、許されるなら今すぐにでもこの剣で首を跳ねてやりてぇのによ!」
青年――ウィルは更に頭に血を昇らせ、段々とその発言も危険なものになって来た。こんな会話を誰かに聞かれたら、途端に彼は捕えられてしまう。それを危惧した少年――ランスロットは、クルリと背を向けて、窓枠にもたれ掛かって外を見ながら、ウィルに向かって穏やかに語り出した。
「ウィル、見てごらん。街はいま、こんな惨状なんだ……その為に君たち騎士団が奮闘している。でもね、騎士団が倒している相手だって、元は人間だったんだよ。それに、彼らは僕の血を一滴飲ませるだけで、元の姿に戻れるんだよ……だからウィル、殺しちゃいけない。彼らは化け物じゃない、人間なんだ」
「……人間を襲うようになっちまった時点で、立派に化け物さ。だから退治する、それが俺たちの仕事なんだ」
「ウィル!」
「悪いが、仕事に戻らせて貰うぜ。俺は戦果報告に来ただけだ、油を売りに来た訳じゃねぇ」
そう言うと、ウィルは勢い良くドアを開けて退室して行った。後には耳が痛くなるような静寂と、その中に佇むランスロットだけが残された……ように見えるが、その傍らには彼の母――女神ノアが優しく微笑みながら、ランスロットの傍に立っていた。しかし彼女は実体を持たない、いわば霊体となってそこに居るだけなのだ。肉体は先程ウィルが発言した通り、既に滅んで消失しているのだった。
「ごめんなさいね、ランスロット。私が死ななければ、貴方にこのような思いをさせる事も無かったのに」
「やめてよ母さん、母さんのした事は間違いじゃない。それに母さんが死ななくても、僕は母さんの手伝いをしていたと思うよ」
ニコッと微笑むランスロットを見て、ノアもまた微笑みを返す。だが、その笑みには少々陰りが見えた。
「大丈夫だよ母さん、ウィルだって分かっていると思うから」
「そうね。彼のあの気性は、優しさの裏返し。ただ、その優しさの指す方向が間違っているの。早く気付かせてあげたい……」
ポツリと本音を漏らし、ノアは俯いた。そう、彼――ウィルが変わったのは自分の所為なのだと考え、それが許せないのだった。
「ところで母さん、千年前に起こったっていう、ノーヴェのバイオハザードもこんな感じだったのかな?」
「分からないの。私が着いた時には既に壊滅状態で、不思議な人が一人いるだけだった。恐らくあの人も、あの後間もなく……ロケットが打ち上げられるのを見たけれど、そこに乗っていた人が無事かどうかも……」
ランスロットは『ふぅん』と頷いて、蟲化の深刻化に怯える民を自分一人で救えるのか、その事について考えていた。
「母さんがウーノに来たのは、いつ頃だっけ?」
「最初に来たのは120年ほど前。そして20年ぐらい前に再来して……以来ずっとここに居るわ」
そしてノアは語った。人類の蟲化が始まり、このウーノが劇的に変わり始めた頃の事を。
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