§2

「これは……酷い」

 ノーヴェ……ズィーロを旅立った人類にとって9番目の地球であるその惑星に降り立った、彼女――女神ノアの発した第一声がそれであった。然もありなん、彼女の眼前には近代的なビルが立ち並んではいるが生気は全く感じられず、嘗てその地を闊歩していたと思しき者たちの骸だけが、至る所で朽ち果て、無残な姿を晒していたのだから。

「生きている人は! どなたか、生きている人は居ませんか!?」

 彼女は必死に声を張り上げたが、応答は無い。空しい静寂の中、自分の声が木霊するのを聞くだけであった。

(この星は、確か最後に移民団が到着した場所……なのにこんなに進んだ文明を築いている。ズィーロの科学力を1としたら、これは10……いや、それ以上?)

 そんな事を考えながら廃墟を歩いていると、コミカルな駆動音を立てながら何かが動いているのが見えた。漸く人に出会えたと喜んだノアであったが、喜んでしまった分、その正体を知った時の落胆は酷いものだった。彼女が目撃したそれは、自動でゴミを拾い歩く清掃ロボットだったのである。

(誰も居なくなった街で、あなたは一体何をしているの……何のために働くのですか)

 風に舞う紙屑をマニピュレーターがキャッチすると、頭頂部にある蓋が開いてそれを中に放り込んだ。そしてまた、落下物を探して彷徨い歩く。そのバッテリーが尽き、動力源を停止させるその時まで、彼は働き続けるのだ。この無人の廃墟の中で……

 そんな『彼』に背を向けたノアが再び歩き出した時、遥か遠くで大音響が鳴り響いた。そして間もなく衝撃波が大地を揺らし、風が一層強く吹き荒れた。

(爆発? いや、違うわ。これは……)

 空を見上げると、長い煙の尾を引いて青白く光る物体が空高く舞い上がって行った。明らかに自然の物ではない、何かが。

(宇宙船……きっとそうだわ。僅かに生き残った人たちが、脱出したに違いない)

 とすると、まだ生きて助けを求めている人、逃げようと頑張っている人が居るかも知れない! そう考え、ノアは神経を研ぎ澄まし、命の息吹を探し回った。果てしなく続く道を、たった一人で歩き回りながら……


**********


 その日から、何日が過ぎたであろうか。ノアは遂に命の息吹を感じ取る事が出来た。場所は広大な滑走路を持つ施設の一角。壊れた窓の中を風が吹き抜け、不気味な共鳴となって響き渡った。巨人サイズのドアを備えた広い建物の中にある、巨大な空洞。恐らくは空港に設えられた格納庫だったのだろう。大小さまざまな乗り物がその建物の内部にはあった。そしてその更に奥……居た。たった一人、生き残っていた人が。ノアは思わず歓声を上げ、その人影に近付いて行った。が、目深に被ったフードの奥から覗くその眼は赤く輝き、その周りの肌は青い。姿かたちは人間だが、何かが違っていた。

「あ、あなたは逃げないのですか?」

「……この星の者ではないな。いや、人の姿を持ってはいるが、人間ではない。そうだな?」

 乾いた声が、纏ったフードの奥から聞こえて来た。人語だ。ズィーロからの移民が持つ、特有の言語。それを操る事の出来る者……それはつまり人間である事の証明である。

「ほ、他の人は……?」

「生きていたら、おめでとうと言ってやるのだな。此処は死したる大地、生ける者の在るべき場所に非ず」

「あなたは、どうするのですか?」

「……生き続けるさ。全ての者が滅んでも、俺は死なない。そう、最後の一人になろうともな」

 一層強くなる眼光に、ノアは思わず立ちすくんだ。だが、その表情は驚きから、次第に悲しみを帯びた物に変わって行った。目の前の彼の、とても悲しく寂しい心の内が手に取るように分かってしまったから……

「発展を続ける者の終着は、即ち滅び……この星の者たちは、その業によってこの世を去ったのだ」

「……貴方の歩む道に、幸あらん事を」

 ノアは光り輝く掌をかざし、男の頭上に掲げた。男はその光を黙って見つめていた。次の瞬間、彼女の姿はそこには無かった。

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