第一章 黒い胎動

§1

「こちら制御室、第8プラント応答せよ! 繰り返す、第8プラント応答せよ!!」

 白衣姿の管制官が、未知の細菌を発見、研究していたプラントに対して応答を求めていた。だが、レシーバーからはホワイトノイズが聞こえるだけで、誰も応答して来る気配が無い。

「おかしい、誰も居ない筈は無いんだが」

「あのプラントでは、新種の細菌を培養して、その効果と弱点について研究していた筈だ。もしかすると……」

「お、おいおい、よせよ。怖い想像は止めようぜ」

 傍に居たオペレーターが、最悪の事態を想像してポツリと漏らした。それを聞いた管制官は冷や汗を流しながらその発言を否定した。いや、否定したくなるのも無理はない。何しろ、彼らの想像通りの事が起こっているとしたら、そのプラント内では既にバイオハザードが起きており、内部の研究員は既に全滅しているという事になるからだ。しかし、現に誰からも応答が無く、呼び掛けにも無言の回答が返って来るだけ。これは或いは……と危惧した管制官は、第8プラントを物理的に閉鎖した後、非常用ハッチから防護服を着用した決死隊を侵入させ、内部の調査をするよう命じた。だが、その決死隊からも突入後まもなく応答が無くなり、管制官たちの焦りはいよいよ激しくなっていった。そして遂に最高指令室からの判断が下り、第8プラントを防火壁で覆い、丸ごと焼却処分してしまうよう命令が下された。

 その作業は下命後即座に開始され、開始後4時間足らずで簡易防火壁が第8プラントを覆い隠そうとしていた。そして最後に内壁の加工に掛かっていた作業員が退去し、作業ハッチが固く閉じられ、内壁に固定された火炎放射器が一斉に咆哮を上げた。と、瞬く間に第8プラントの構造体は煉獄に包まれ、炎は更に内部へと侵入。決死隊やプラント職員の亡骸と一緒に、培養器やその中の細菌をも焼き尽くす……筈であった。

 そして全てが灰燼に帰し、上部に設けられた排煙塔からの煙が黒から白に変わり、やがて見えなくなると、今度は慎重に防火壁の撤去が行われる事になった。重機のマニピュレーターが最上部の排煙塔を外し、無人探査機が内部に侵入して様子を窺った。モニターには灰となった第8プラントの残骸が映っていた。

「……遺族への見舞金、保険で何とかなるかなぁ?」

「今はそんな事を気にしてる場合じゃないだろう。内部の安全が確認できたら、サッサとコイツを撤去……」

 管制官がそこまで発言しつつ、再びモニターに目をやったその瞬間……彼は言葉を失った。いや、正確には、それ以上言葉を紡ぐ事が出来なかったのだ。それは傍らのオペレーターも同様で、僅かな時間差はあったが、ほぼ同時に彼らはその場に倒れ、暫く呻き苦しんだ後に絶命した。プラント群のエリアから離れた管制室の中でその状況なのだから、隣接するプラント群がどのような状況かは推して知るべきであろう。


**********


「ガイア様」

「……茶を楽しんでいる間は、邪魔をするなと言っておいた筈だが」

 側近の男が、テラスで寛ぐ老人から叱りを受けていた。テラスと云っても、さんさんと日の注ぐ芝生の上ではない。星空の上に浮いているような光景、と表現すれば良いだろうか。そのような場所に設えられたテーブルセットが置かれているだけである。

「申し訳御座いません。只今、ノーヴェにて騒ぎがあったと報告がありましたゆえ」

「ノーヴェ? ……あぁ、あの辺境の植民地か。大勢に影響は無い、捨て置け」

「宜しいのですか? 他の星々に影響が出る可能性も否定できないという情報も御座いますが」

「むぅ……」

 ガイアと呼ばれた老人は、その言を聞いて漸く腰を上げ、側近に背を向けながら短く先を促した。

「何が起こったのだ」

「バイオハザードです。研究中の細菌が大気中に解放され、多大な被害が出たと報告されております」

 ガイアは側近からの報告を聞き、暫し瞑目しながらその髭を弄び、やがて乾いた声で指示を出した。

「ノアをノーヴェに向かわせろ。状況を視察し、報告させるのだ」

「御意に」

 側近の男は簡潔に了承の意を告げると、スッと姿を消した。それを気配のみで感じ取ったガイアは、再び座して茶の香りを愛でつつ、天を仰いだ。人間とは、何時、何処に於いても愚かで御し難い生物であるな……と嘆きながら。

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