第2話
最近、めっちゃ困ったことがある。
茉莉香にハグしてもらいたくてたまらない。
ちゅうよりも、ただただ茉莉香にハグしてもらいたい。
、、いや、ちゅうもしたいけど。ちゅうされたいけど!
あの日、茉莉香にハグされた日、暴れて逃げ出してしまったことを、未だに後悔してる。
どうして、私、逃げたかな。
、、、好きな人にハグされるのがあんなに心地良いとは思ってもみなかった。
だけど、好きな人にハグされるのがあんなに恥ずいとは想像もできなかった。
いきなりだったし、心の準備なんかする暇もなかったし。
ほんと、茉莉香ってずるい。
「私の何がずるいんだよ。」
茉莉香が私のことジト目で睨んでる。
あれ?心の声が漏れてた?
「私が茉莉香のこと好きなこと知ってるくせに今までどおり、何もしてくれないし、何もさせてくれないし。」
「するわけもさせるわけも無いじゃん。」
「む〜。ハグぐらいしてくれてもいいじゃん。」
「そういう気分じゃない。」
また、まただよ。
「そればっか。」
何度目の台詞だろ。もう聞き飽きた。
「ちゅうもダメ、ハグもダメ、手すらつないでくれない。私はどうしたらいいんだって話だよ。」
「いや、それ、恋人同士がすることだから。」
「じゃ、私の恋人になってよ。」
「どうしてそうなる。」
さらっと否定された。
最近こんなやり取りばっかりで、なんか心折れそう。
茉莉香をそういう気分にしたかったらどうしたらいい?
「、、、」
茉莉香がまたまたジト目で私を睨んでる。心の声がまた漏れてたか。
「こうなったら私の色香で誘惑するしかないか?」
「せんでいい。」
今度は私が茉莉香を睨む。
「する。してやる。茉莉香を誘惑するぞ、お〜!」
「何だよそれ、、、」
握りしめた右手を空高く突き上げる私を見て呆れ顔の茉莉香にウィンクでも飛ばそうかと思ったけど、それよりも、
「おい、何故にタイを外す?」
「茉莉香をゆ、う、わ、く。」
語尾にハートマークもつけてやる。
ブラウスのボタンを上からひとつ、ふたつ外したところで、
「ストップ!男子が見てる。」
「男子とかどうでもいい、茉莉香が見てくれるんだったら。」
恥ずかしいけどもう一つボタンを外したところで、
「まじでやめれ。」
「いやだ。茉莉香を誘惑、、、」
「愛衣!」
茉莉香のいきなりの大声にびくんと体が跳ねる。私の手もとまった。
「とりあえず周りを見ろ!男子たちが愛衣のことエロ目線で見てるだろ!」
「そんなのどうでも、、、」
「私がどうでもよくないの!」
ばん!と机を両手で叩く茉莉香。
「ほら、直せ!」
茉莉香、怒ってる。
だから、頷いた。
のろのろと、ボタンを留めていく。
留め終わって茉莉香をちらりと見ると、まだ怒ってるし。
、、、私、何やってんだろ。
茉莉香怒らせたいわけじゃなかったのに。
「、、、ごめん。」
「はあ、もうまったく、何やってんだよ。最近の愛衣、ちょっとおかしいよ。」
、、、おかしくもなるよ。
ねえ、茉莉香。おかしくならないわけないじゃない。
好きな人に告白して、中途半端な答えしかもらえなくて、そのくせ今までどおりに近寄ってきては突き放されて、そんなんで今までどおり普通でいられるほど私、できた人間じゃない。
もう怒ってはいない茉莉香を見つめる。
きれいな顔。きれいな目。
やっぱり大好き。だけど、
「はあ。」
「何だよ、盛大にため息なんか吐いて。」
「茉莉香って、苦いなって。」
「なんじゃそりゃ?意味わからん。」
だろうね。
分かってくれたら私ももう少し楽になるんだけど。
呆れ顔の茉莉香を見てたらお昼休みの終わりのチャイムがなり始めた。
「ねえ、ハグして?」
「いきなり何だよ。」
「いいでしょ?ハグしてよ。」
ため息吐いて何言ってんだって顔して私を見る茉莉香。
「、、、いいわけ無いじゃん。」
「いけず。」
茉莉香を睨みつけるけど全然堪えてない。見事にスルーされてるよ。
「いや、だってさ、愛衣、私のこと好きなんだろ?」
「うん。」
「私とハグしてみ?どうなるよ。」
「思いっきり抱きしめる!」
「それだけで済む?愛衣、絶対暴走するだろ。」
「、、、」
確かにハグしたら茉莉香のことぎゅっと抱きしめて、首元に顔を埋めて茉莉香の匂いを思いっきり胸に吸い込んで、そして、首筋に唇を這わせて、そのまま、ちゅう、、、
うん、私絶対暴走するわ。
「ほれ。そんな愛衣のことハグできるわけ無いじゃん。」
茉莉香の正論に何も言えなくなった。
「、、、茉莉香のいけず。」
悔しいから独りごちてやる。
少しでいいから私に、と思いながらも茉莉香の顔見たらそんなのあるわけないのも分かったことではあるんだけど。
流石にそこまではっきりしちゃうとテンションも気分も落ち込んでしまう。
「でも愛衣がそこまで落ち込むのも本意じゃないんだけど。」
そう、こうやって私に近寄ってくるんだよ。そして、いつもならその後、いつものように私を突き放すんだ。
「私は茉莉香成分補充したいだけ。」
「私はエナドリか何かかい。」
「そんな程度なわけないでしょ!」
私が力強く反論すると茉莉香引いてるよ。
「触るぐらいならいいでしょ?ね、ね?」
「、、、じゃあ、手、ぐらいなら。」
「やった〜!」
嬉しさMAXでバンザイして、それから茉莉香がしぶしぶ差し出してきた右手に触れる。
ほっそり白い。私より長い、きれいな指。
つうっと私はその中指に自分の中指を這わせる。
「くすぐったい。」
「いいじゃん、これくらい。」
「触り方がえろい。」
「当たり前。」
だって、ねえ?茉莉香の指だよ。触ってるんだよ。それで興奮するなって言う方が無理でしょ。
中指から手の甲へ指を滑らせていく。
すべすべの手触り。柔らかくて、あたたかい。
「はい終わり。」
茉莉香が手を引っ込めた。
「え〜、もっと触らせてよ。」
「だめ。」
なぜか顔を真っ赤にしてる茉莉香。
「トイレ行ってくる。」
すたっと席を立ってさっさと教室から出ていく茉莉香の背中を見ながらさっきまでの茉莉香の手指の触り心地を思い出す。
はっきり言って、気持ちよかった。
できたらもう少し長く触っていたかったけど。
正直に言えばもっと色んな所触りたかったけど。
、、、どことは言わない。
私って思ってたよりえっちだな。
気持ちよさを思い出しながら、それでもため息は出てしまう。
やっぱり手を触るくらいじゃ足りないわ。
あの日以来、茉莉香が私から距離をとってる気がする。
距離感は変わらない。話をしないとか一緒にお昼ご飯食べないとか、そういうのはないんだけど。
私と茉莉香の間に、見えない透明な壁がある。
突き放しもしないけど近寄ってきてもくれない。
何で?
茉莉香の手とか指触れただけじゃん。
変なとこ触ったとか、そんなんじゃないのに。
何で?
そんなことを考えながらお昼を食べてたら、
「愛衣、機嫌悪い?」
思いっきりため息が出た。
おまいう?
結果的に茉莉香を睨みつけてたわけだけど。
「機嫌悪いというより、もしかして、、、私と一緒にお昼食べるの嫌?」
あ、やばい。
茉莉香の一言、それだけで、頭の中真っ白になって、感情が爆発、ではなくて死んでしまったみたいで、そして私の涙腺が崩壊した。
言葉にできない。
ただ悲しい。
茉莉香、私の気持ち、全然分かってくれない。
「え?ちょ、何で泣いてんの?」
私は泣きながら茉莉香を睨みつける。
「わかんない?私が泣いてる理由。」
どうにか言葉にする。
それなのに茉莉香ときたら、
「いきなり泣き出されて分かるわけ無いじゃん。」
そうなんだ。わかんないんだ。
自分で透明な壁作っておいて、わかんないんだ。
そう。そうなの。
じゃあさ、私、どうしたらいいの?
頭の中はもう支離滅裂で何も考えられるような状態じゃないのに、私の口だけは勝手に動いてくれた。
「それじゃ、分かるまで私に近寄らないで。話しかけないで。」
食べかけのお弁当をさっさと片づけて席を立つと、私はそのまま茉莉香のことを振り返りもせずにお弁当の入った巾着を自分の席に放り投げて教室から出ていく。
もう茉莉香なんか知らない!
最近の私はおかしい。
感情の起伏が激しくて、制御できない。
でなきゃあんなこと言わない。
後悔、は当然してる。
でもさ。
茉莉香、私があんなこと言ったのにいつもどおりと言うか、何も変わらないと言うか。
楽しそうに誰かとおしゃべりしたり、誰かとお昼食べてたり。
ねえ、茉莉香。
どういうこと?私はこんなに後悔してるのに、茉莉香は楽しそうにしてるって。
私、めっちゃムカついてるんだけど。
ああもう!イライラする!
と茉莉香のこと睨みつけてたら、視線がぶつかる。
そしたら茉莉香、何したと思う?
あっかんべーだよ?
信じられる?有り得ないっしょ!
、、、かわいかったけど。
でもね、流石に堪忍袋の緒が切れた。
がたんと大きな音を立てて席を立って茉莉香のもとへと歩いていく。もしかしたらドスンドスンと足音立ててたかも。
「茉莉香。」
男女数人のグループでおしゃべりしてた茉莉香の横で名前を呼ぶ。久しぶりに。
茉莉香は返事をせずに私を見返すだけ。
「ねえ、何で?何でなのよ?」
思った以上に低い声が出た。それで茉莉香も私が怒ってることに気がついたみたいで私を見る目が変わった。
「何が?」
茉莉香の声。久しぶりに聞いた茉莉香の声。
でも、聞きたいのはそんな他人行儀な声じゃない。
「私が怒ってる理由、分からないの?」
「愛衣、何も言わないじゃない。分かるわけないよ。」
分かって欲しい、は我儘なの?
だったら、分かった。はっきり言うから。
「茉莉香さ、私が茉莉香のこと好きなの知ってるよね。」
「、、、うん。」
「私が告った後、茉莉香、答えてくれた?」
無言で私を見返すだけ。
「ねえ、今の私、宙ぶらりんなんだよ。好きな人に告白したのにちゃんとした返事もらってない。返事くれそうにもない。それなのに今までどおりの距離感で、今までのまま、そのままでいようとされて。前に進もうとしても気分じゃないで終わり。だからといってもう後戻りもできない。しかも最近は私との間に壁作って距離作って近づいてもくれないし。それが悲しくて泣いてるのにその理由にも気付いてもくれなかったよね。それで私が怒ってるのに今度は私じゃない誰かと楽しそうにしてる。ねえ、私はどうしたらいいの?今のまま、ずるずるとただ時間が流れるのに流されればいいの?ねえ、茉莉香!」
教室中がしんと静まる。あんまり注目されたくないんだけどな。
「見込みはあるの?それとも全く駄目なの?それすらも答えてくれないの?」
目を逸らされた。
「キスは駄目。ハグも駄目。触れることも許してくれない。いっつもそういう気分じゃないでおしまい。それなのに今までどおりの距離感で私に近くていつでも触れたりハグしたりキスできる距離にいる。ねえ、これって、地獄みたいなんだけど、分かる?ねえ、茉莉香?」
言って、しまおうか。
「ねえ、茉莉香。私のこと好き?嫌い?恋人にしてくれる?それとも、」
ダンと音を立てて茉莉香が椅子から立ち上がるとそのまま教室の出入り口に走っていく。
そしてそのまま教室から出ていった。
、、、逃げやがった。
流石に逃げ出すとは思ってなかったからあっけにとられて茉莉香の背中を見送ってしまった。
はあ、どうするよ、これ。
教室中の視線を自分が集めてしまってる。
とりあえず。
周りをギロリと睨みつけてみれば、私に向かう視線は気まずそうに散っていく。
それじゃ茉莉香を捕まえに行きましょう。
と思ったのにチャイムが鳴り出した。授業が始まる。
仕方ない。放課後にでも追い詰めてやる。
そう思ってたのに茉莉香、早退してた。
荷物一式置いたまま。
だったら。
ニヤリと笑いを浮かべて私は自分のバッグと茉莉香のデイバッグを背負って教室から出ていく。
当然向かう先は茉莉香の家だ。
待っててね。
そういう気分 東森 小判 @etch_haru9000
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