見逃してくれました
妹の誕生日プレゼントが落ちそうなとき、日々斗は線路に飛び降りて拾おうとする。しかし電車が。それを見てマックスと百合音が協力し日々斗を救う。
誕生日プレゼント、それは人が人を思う気持ちの催し。その気持ちを理解して助けた。
例えケーキが無かろうとも、君が祝ってくれることそのものが重要なのだ。とかどうとか言って二人は解散。ちなみにUSBは電車に踏みつぶされてダメに。
(あの日は俺の娘、ミッシェルは誕生日だった。俺が久々に休暇を取ることができ、ミッシェルが行きたいと言っていた日本旅行に連れてってやった。そばをすするのに苦戦していたミッシェル、輝く金髪に似合うかんざしを付けた着物姿が良く似合うミッシェル、お団子を食べさせてくれたミッシェル。)
(俺が少し目を離したばっかりに、目の前からいなくなった。)
マックスは自分を恥じた。過去に戻りたくて仕方がなかった。けど現実は何も変わらない。そんなとき、エメラリアの上層部から命が下る。
「日本のマフィアにさらわれたエメラリア国民を救え、手段は問わない」
それは心待ちにしていた命であり、上層部もマックスの心境を考慮しての人選だった。
だからマックスは手段を選ばない、例え見ず知らずの人間が傷つこうとも。あの屈託ない笑顔を取り戻すことができるのならば。
百合音に伸ばされた木の幹のような太さの腕は、しかし彼女が持つUSBメモリに届くことはなかった。マックスが放っていたただならない気迫を反射的に感知して、思わず体を後退していたのだ。
(まるで野獣じゃない! なんてプレッシャーなの!?)
空を切ったマックスの手は地面の黄色い線に添えられ、その手がそのまま黄色い線を
「レディーに手を出すなんてご法度よ!」
「知ったことか! 我らには守らねばならない大切なモノがある!」
それから二人の逃走劇が開始される。百合音はUSBメモリをズボンの切れ端ごと握りしめ、膝のバネだけで地面から壁へ、それを追いかけてマックスも地面から壁へ。それから二人はスーパーボールのように、駅のホームという閉ざされた空間で追い追われの鬼ごっこが繰り広げられていた。広告の俳優の顔や、歯医者さんの院長の顔が次々と踏みつぶされていく。
『皆様、お待たせしました。
と、突如鳴ったアナウンスに日々斗の体が反射的に反応した。その微細な動きが紙袋を揺らして線路の方へ倒れこむ。すると中に入っていたお菓子が紙袋から出て、今にも線路に落ちようとしていた。
ゾワリ、という寒気が日々斗の背筋を凍えさせる。百合音に糾弾された時でもなければ、マックスに睨まれた時とも違う、桁違いの寒気。
そう、日々斗は
「誕生日プレゼントがーーーー!!!!」
誕生日プレゼント。その言葉が超高度な鬼ごっこをする二人の鼓膜を刺激する。
百合音は思った。誕生日プレゼントを拾うために、文字通り身を投げうつ者が悪い人間だろうか? 否、他人のために命を投じる者を軽視することなどできない、それは自身を育ててくれた父を侮辱することと同義だから。
マックスは思った。娘ミッシェルはマックスの誕生日を祝福するために日本に来て、さらわれるという不幸にあった。そして今、本気で誰かを祝福できる人間が不幸に遭おうとしている。エメラリアの民ではないけれど、同じ志を抱く者が不幸に遭って良いというのか? 良いはずがない。
二人は一瞬アイコンタクトを交わし、直角に壁を蹴れば日々斗の元へたどり着ける地点に飛び移る。そしてマックスは百合音が持つUSBメモリなど気にも留めずに、百合音と共に日々斗の元へ飛び込んだ。激しい線路の摩擦音がけたたましく轟く。慌てる車掌さんを横目に、マックスと百合音は下から日々斗の体を投げ、黄色い線の内側に投げ飛ばした。その流れで二人も内側へ。その瞬間に電車がブレーキ混じりに通り過ぎる。何か小さな物が砕けた音がした。
「はぁ、はぁ」
日々斗は呆然自失、先ほどの一瞬で何が行われていたのか全く分からなかった。お菓子が落ちた、そしてお菓子を拾い上げ、それから何故かホームに吹っ飛ばされていた。強く打った背中が少し痛む。だが、痛みがあるということは、生きているということ。だが夢のようだった、まるで自分が死にそうになっていたなんて。
「……仕方がない、ここは痛み分けと行こう。ターゲットが失われた以上、これ以上ここにいる意味はない」
そんな日々斗を見下ろす巨体と美少女が影を作っていた。マックスは大きくため息をついて呟く。
「しかし、誕生日、か。祝福とは気持ちが大事だが、気持ちは命なくして伝えることは叶わない。それを忘れないことだ、少年」
興が削がれたと言わんばかりに、マックスは屈強な逆三角形の背中を向けて立ち去った。それを日々斗と共に眺めていた百合音も、どこか穏やかな表情をして口を開く。
「ま、パパなら、見ず知らずの人を助けるような人をしょっ引いたりはしないでしょうね、うんうん」
まるで自分に言い訳をするように呟いた後「あ、でも死に急ぐのと死ぬ気で守るのは違うからね、間違えちゃだめよ」と指さし注意を受けて、線路で拾ったものを日々斗の片手にポトンと落とす。それからマックスが去った方向とは逆方向へと立ち去っていった。
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