マックスの後日談

 廃屋の中は陰りの中に包まれていた。薄暗い光が壁に差し込み、古びた家具が不規則に配置されている。床には厚いホコリが積もり、部屋の隅には見知らぬ虫たちが静かに動いている。ひと昔前の生活の名残りが、時折風に揺れるカーテンや割れた鏡に映し出されている。

 ところどころ綿がはみ出している汚いソファに身を預けて寝息を立てている、日々斗にUSBメモリを渡したジャクソンに、更なる大きな影が重なった。その影は手に持つ物を大きく振りかぶり、彼の首元に振り下ろす。


「うわっててて!」


 ぱすん、という空気が抜ける音と共に、ジャクソンが飛び起きて振り向いた。そこには鬼の形相で睨むマックス。手に持っているのは捨てられていた週刊誌を丸めた棒だった。


「まさかもう始末したの? 早くない?」


「始末はしていない、そして俺がここにいるのは貴様の不始末が原因だ」


 簡素な木の椅子の埃を払って腰を掛け、マックスはむすっとしながらも、ジャクソンに対してあらましを語った。ジャクソンはわざとらしく目を見開く。


「壊れちゃったのUSB!? マックスらしくもないなぁ、相手は子供だったんでしょ? ぱぱっと取り返せば良かったじゃないか」


「お前が言うな、お前だけは言うな、お前がその子供と俺を見間違わなければこうはならなかったんだよ!」


「マックスなら赤ん坊でも変装できるっていう信頼が仇になったか、くっ」


「くっ、じゃねーよ、赤ん坊に変装なんてできるか」


 大きなため息をつき頭を押さえる。与太話はここまでというように、マックスは足を組んだ。


「わざわざ根城に戻らないといけない手間を犯したんだ、さっさと情報渡して、次の根城準備しとけ」


 彼らは日本に秘密裏に紛れ込んでいる侵入者という立場なので、公に行動することが難しい。そのため、こうして腰を据えることができる場所を確保するにも苦労するのだ。更に根城を構えたとしても、怪しまれて後を付けられる恐れがあるので、長期的に同じ場所を拠点にすることができない。故に定期連絡等をする場合は、どこかしらの待ち合わせ場所を予め指定する必要があるのだ。


「ほいほーい、ちゃんとコピってますよっと」


 ジャクソンが雑にUSBメモリをマックスに投げる。それを今度こそがっしり受け取った。

 ジャクソンは何か一つ疑問に思ったのか、首を傾げた。


「つってもさ、日本のガキが持ってたもんを奪い損ねるって、お前結構鈍ってる?」


「日本ではそういうのを、棚に上げるというらしいな」しかし素直に突っ込めないのには、ジャクソンの言うことが紛れもない事実であり、根城に帰還するまでそのミスがマックスの頭に渦巻いていたからだ。

「だが言う通りだよ、そして多分あのガキはただのガキじゃないらしい」


「へぇ、少しは手応えあるやつが日本にもいるんだね、確か忍者って言うんだっけ? ニンニン! っつって!」


 両手のひらを合わせて合掌するジャクソンに「違う、こうだ」と正しい印の組み方を教えてやる。娘ミッシェルと旅行した忍者村で覚えた印を。


「くノ一もそうだが……いや、何でもない」


 そして駅のホームで出会った彼らを思い、ひび割れた窓に視線を送る。薄暗い空に、枝葉の影が揺れていた。

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