58話、照明の町とミートパイ
朝。私とライラは朝食を軽く済ませた後、早速近くの町へと向かった。
町の名はテルミネス。昨日見てきたイルミネーションツリーを一番の観光地とする町だ。
テルミネスは街道と直接繋がる町だけあって、かなり大きい。表通りを行き交う人々も多く、ミルライクぶりの人混みに少々気後れしてしまう。
ひとまず私は、なんとか人の流れに飲みこまれないように歩き、市場へと向かった。やっぱり大きい町についたらまずは市場を見ておきたい。買いたいものが特になくても、様々な売り物を見ていると楽しくなってくるものだ。意外と掘り出し物もあったりするし。
普段市場に行くときは旅の目的もあり、自然と食材を売っているお店ばかり見てしまっていた。でも今回はそれ以外をまず先に物色する事にする。
といっても、食材以外の売り物なんて市場には溢れかえるくらいある。日用品から洋服に骨董品、なんでもござれだ。
旅をしている私からすれば、日用品は最低限必要なものがあれば十分。洋服は魔女服でいいし、魔術で清潔に保てるから替えも数着でいい。
そうなると自然と足が向かうのは、骨董品を売っている一角だった。はっきりいって希少価値を見いだす骨董品こそ旅には必要ない。けど見ていてわくわくするのはこっちの方だったりする。
今回も特に買うつもりは無しで骨董品を売っている露店を次々と見ていく。そうすると、気づくことがあった。
ライラも私と同じくそれに気づいたのか、小声で話しかけてくる。
「なんだか、照明器具ばっかり売ってない? この町」
そう、ろうそくやランプといった照明器具が、そこかしこにたくさん売られている。しかも普通の物ではなく、かなりデザインが凝っていて多種多様だ。
そのことに気づいた後表通りを見回してみると、そこかしこに街灯が設置されていることに気づいた。しかもその街灯もデザインが凝っていて色んな種類がある。
道の端には細い鉄柱が等間隔におかれ、その先端には丸いガラス玉がついていた。そしてそのガラス玉は不思議な模様を形作る鉄の柵で囲われている。
夜になったらあのガラス玉に光がつくのだろうけど、あの鉄の柵によって照明に影ができてしまうんじゃないだろうか。
表通りから裏路地に続く小道を覗き込めば、地面に小さなカボチャ型デザインの街灯が置かれていた。あれも夜になったら光るのだろうか。なんだか可愛らしい。
表通りをずっと進んだ先には大きな時計塔もあって、文字盤の数字はキラキラと輝いている。どうやら外灯時計のようだ。まだ朝なのに光っているのが確認できるのは、ここが寒い地域なうえ今日の天気がやや曇り気味で薄暗いからか。
「ここ、照明器具が名産品なのかな。寒冷地で日中が短いだろうし、それで照明が充実してるのかも」
「イルミネーションツリーもあるものね」
ライラに言われて、昨日見た立派なイルミネーションツリーの姿を思い出した。あの見事な電飾を見るに、照明器具に強い町なのは確かだろう。
「照明のデザインかぁ……今まで気にしたこともなかったなぁ」
元々は薄暗い森の中で魔法薬のお店を構えていた私だ。様々なデザインの照明器具はかなり新鮮に目に映る。ライラも物珍しそうに見ているが、私も彼女に負けず劣らずだ。
二人で色んな照明器具を売っている露店を再度覗き見していく。
「ランプって小さいのも結構あるんだ。これなら一つ買ってもいいかな。今日みたいな暗い日や夜にも使えるし」
旅などの野外で使うなら、油を燃やして発光させるオイルランプを買うしかない。その際の問題は灯油を常に所持する必要があるという点だけど、当てもなく旅をしているのに灯油を常に持ち続けるのはかなり骨だ。
しかし私は魔女である。魔術で炎を生み出せるのだから、オイルランプといえど灯油を使用する必要は無いのだ。ランプの中に直接火を灯して維持すればそれで事足りる。
魔術で炎の玉を直接空中に作って照明にすることもできるけど……それだと味気ない。ランプを使った方が楽しい気分になれる。あと通りがかりの人にびっくりされるだろうし。
私はどれか一個買ってみようという意識でランプを探していく。気に入ったデザインで持ち運びしやすいのがあったら買うつもりだ。
「へえ、服やベルトに引っかけて使えるのもあるんだ。これなら手で持たなくていいから良さそうかも。あ、これ可愛い」
「こっちのも良いんじゃない? ほら、お花の絵があしらってあるわ」
「……それ子供向けじゃない? もうちょっとこう、ほら、大人っぽくて可愛くて格好良さもあるのがいいな」
「……注文が多いわね」
ライラとああでもないこうでもないと言い合いながら探すのは結構楽しい。
そうしているうちに購入候補をいくつか選定して、これまた二人で悩みつつ言い合いをしてようやくランプを購入する。
今回買ったのは、手の平に乗るサイズで多面形のデザインランプだ。服や鞄の取っ手に挟み込んで引っかけることもできる。
外観が水晶で作られていて、中に火を灯すと光が乱反射して美しく光るらしい。その名もプリズムランプと呼ばれ、このテルミネスでも人気の一品とのこと。
水晶作りだから手の平サイズでもそこそこのお値段だったので悩みに悩み抜いた。でもあまりにも綺麗だったので、結局ライラと二人でこれが良いという結論になったのだ。
「高かったけど綺麗だし、一個目のランプとしては申し分ないな~」
「え? 一個目って、またいつか買うつもり?」
「将来的には何十個も欲しいかな。さすがに今回ほど高いのにはしないけど」
「……そんなに買ってどうするつもり?」
「私森の中に魔法薬のお店あるから、その森自体をランプで照らしちゃおうかなって」
「……やめた方がいいと思う」
呆れたとばかりにライラは溜め息をついていた。
それにしても、どのランプを買おうかと迷っていたせいで時刻はもうお昼時だ。悩んだことで頭をフル稼働させたからなのか、すっかりお腹が空いてしまった。
初めて来た町ということもあるので、まずは表通りにある人気のありそうなお店に入ることに決める。そこでメニューを見て何を食べるかは考えよう。
表通りを進んで市場を抜けると、飲食店が多数ある地区へと出た。そこで目に入った、壁色がシックなお店へ入店する。
暖房が聞いているのか調理で火を使っているせいなのか、お店の中は暖かい。それに良い匂いもする。店に入ってすぐのところには一押しメニューを記した黒板があった。
それを眺めつつテーブル席に着席し、何を頼もうかと考える。
どうやらこのお店はパイが一押しらしく、色んな種類のパイ料理が黒板に記されていた。
パイはアップルパイやチェリーパイなどデザート系の印象が強いが、主食としてパイを食べる地域では肉や野菜を包むことの方が多い。意外と幅広い料理だ。
そういった主食パイとしては王道とも言えるミートパイと、体を温めるためのコーンスープを注文する事にした。
店員に注文を告げた後、先ほど買ったプリズムランプをしげしげと眺める。高かったけどデザインも良いし水晶作りで綺麗だし、見ているだけで嬉しい気分になる。買ってよかった。高かったけど。
ランプに見惚れて顔が緩みきるよりも前に、注文した料理が運ばれてきた。
お皿に乗った大きなミートパイと湯気が立つコーンスープ。私はランプをしまってすぐにフォークとナイフを手にした。ランプに見とれていたのに、おいしそうな料理を前にしたらすっかり食欲のことしか頭にない。我ながら単純な性格だ。
まずはミートパイをナイフで切る。そのままだと食べにくいというのもあるが、ライラの分を取り分けるためでもある。
「はい、ライラ」
ミートパイを取り分けると、早速ライラは子供用の小さなフォークを手にしてミートパイを食べ始めた。
小さいフォークはお店の物ではなく私が所持している物だ。ライラ用に小さい食器もある程度そろえ始めている。さすがに妖精サイズぴったりのは見つからないので子供用のばかりだけど。
私もライラに続いてミートパイを一口食べる。外側の生地はサクっとしていてバターの風味が良く効いている。それでいて香ばしい。
具材のひき肉は玉ねぎやニンジンと一緒に炒められていて、ウスターソースやケチャップによる濃い目の味付けだ。でもサクっとして軽いパイ生地には濃い味付けがあっている。
「中身もおいしいけど……外の生地がかなりおいしいわね。何も入ってない素のパイでも私十分かも」
ライラはミートパイというよりパイ生地自体がお好みらしい。サクサクしたパイ生地をおいしそうに頬張っていく。
確かにこのパイ生地はかなりおいしい。デザートのパイでもここまでサクサクとした食感のは食べたことが無い。このお店の一押しがパイなのは、このパイ生地のおいしさに自信があるからなのだろう。
パイばかり夢中になって食べていた私だったけど、ようやくここで喉の渇きを覚えてコーンスープに口をつけた。
コーンスープはコーン自体を細かくしてスープに溶け込ませているタイプだ。淡い黄色のスープに緑色のパセリが散らされていて彩りが良い。
味の方はというと、コーンの甘みがかなり強く出ている。生クリームもふんだんに使ってあるのか、まろやかな口当たりでありながらコクが強い。
暖かいコーンスープを一口飲み下して、ほっと息をつく。自然な反応だった。なんとなく安心するような、そんな味。
全体的に濃い目な味付けだけど、頭を使って疲れていたからか、今の私にはぴったりだ。
コーンスープを飲みながら、ふと窓の外を見てみる。昼を回って空は完全な曇りになったのか、薄暗くて寒そうだった。
そういえば、寒い地域の料理は全体的に味付けが濃い傾向にあると聞いたことがある。今食べている料理もそうだけど、これはたまたまなのだろうか。
またミートパイを一口食べて、その因果関係を少し考えたけど……結局おいしいならそれでいいんじゃないかと思ってしまった。やっぱり私は単純だ。
ミートパイとコーンスープをライラと一緒に全て食べ終え、私たちはお店の外にでた。
「うわっ、寒いっ」
「本当ね、風も強くなってるわ」
外に出た瞬間、冷えた風が私たちの体を襲った。どうも朝よりもかなり冷えてきたような気がする。
空は一面雲模様で、太陽の光は覆い隠されている。まだ昼を過ぎたばかりなのに、もう夜を迎えそうなほど薄暗い。
暗さに比例して寒さも増しているのではないかとまで思ってしまう。
でも、暗くなってきたこともあって、街灯がちらほらと灯りはじめていた。
鉄の柵に囲まれた街灯は地面に光と影を落とし、それが等間隔に並んでいてまるで地面に影絵を描いているようだ。
街灯のデザインとそれが生み出す光景をようやく理解し、私は感嘆して息を吐いた。
「そうだ」
さっそくの機会だと思い、この昼間でも暗いテルミネスの町中で、私は先ほど買ったランプに魔術で火を灯した。
水晶の中で赤い光が乱反射し、ほのかに周囲を明るくさせる。その光はまるで、昨日見た妖精たちの光のようだ。
「綺麗ね」
ライラは見惚れながら小さく呟いた。
私の手の平の上で、小さなランプが光を発している。どこまでも淡く、美しい光だ。
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