57話、ペペロンチーノと妖精のダンス
イルミネーションツリーをぼけっと眺めていたら、すっかり夜になってしまっていた。辺りは濃い闇に包まれ、その中でイルミネーションツリーが眩く発光している。
ここから町まではもう目と鼻の先だが、すっかり夜になってしまった今、初めて訪れる町で宿を探すとどれほどの時間がかかるか分からない。
ということで私は野宿をすることに決めた。幸い町のすぐ近くなので地形はなだらか。明日の朝まで過ごすのに特に問題は無いだろう。
イルミネーションツリーがある公園から離れ、また街道へとやってきた私は、野宿の場所を探すためそこから少し街道を外れて歩いてみた。
すると、こんな濃い闇の中でも分かるくらい、一面の花畑に出くわす。町の近くだからか、こういった景観もあるようだ。
ここはもう寒い気候の地域にさしかかっているが、当然花にも寒さに強い品種がある。この花畑で生えているのはそういった草花たちだろう。
しゃがみこんで花びらをつぶさに観察する。どうやらここら一帯で生えている花は、プリムラのようだ。
プリムラはかなり多くの種類があり、花びらの色数も多い。夜闇の中でも白や赤、黄色に青など、様々な色合いが見て取れる。
「すごい、こんな場所もあるのねっ」
ライラは妖精だけあって花が好きなのだろうか、花々の上を嬉しそうに舞い飛んでいた。
辺りを見回すが、ここには人が全くいなかった。すぐ近くにイルミネーションツリーがあるから、ここは隠れた名所になっているのかもしれない。
そもそも夜に花畑を見に来る人もいないだろうし、昼は花畑、夜はイルミネーションツリーがこの近くの町の観光地となっているのかも。
月明かりもあまり無い濃い夜の中、この花畑は妙な哀愁と美しさをかもしだしている。
ライラも喜んでいるし、花畑を見て楽しいのは私も一緒だし、ここで野宿をするとしよう。
花畑の隅っこ、ちょうど花が生える場所との境界線に座った私は鞄をおろし、ひとまず夕食の準備に取り掛かることにした。
明日の朝にはすぐ近くの町に行くつもりなので、今日の夕食は軽めがいいだろう。と言っても野宿の際の夕食はいつも簡単なものだけど。
鞄をあさってミルライクの町を出る際に買っておいた食材を見た私は、夕食のメニューを決めた。
今日はパスタにしよう。ちょうど作ってみたい物があったし。
そう決めた私は、さっそく魔術で火を起こした。もちろん花畑から少し離れて、燃え移る草花がほとんどない所でだ。そもそも魔術による火なので、周囲に燃え移らないようにコントロールできるけど……注意しないに越したことは無い。
まずは調理用ケトルに水を入れ、テレキネシスで火の上に固定しお湯を沸かす。お湯が沸いたら乾燥パスタを入れて茹でていく。この時そのままだと入りきらなかったので、半分に折ってみた。まあ、折っても大丈夫だろう、多分。
そしてパスタが茹で上がるまでに七分か八分ほど。この間に、パスタ用の調味液を作ろう。
小瓶を用意し、蓋を開けておく。この小瓶はミルライクで買っておいた調理器具の一つだ。
そしてその小瓶にオリーブオイルを入れ、更にその中に細かく刻んである乾燥玉ねぎと乾燥ガーリックを入れていく。この乾燥玉ねぎとガーリックは、以前訪れた町で買っていた調理用セットの残りだ。今回これで全部使い切ってしまう。
見事小瓶にオリーブオイルと乾燥玉ねぎ、ガーリックが入ったが、これで終わりじゃない。
次に私は鞄から小さなまな板と小型ナイフ、赤唐辛子一本と乾燥ベーコン一切れを取り出した。
まな板に赤唐辛子と乾燥ベーコンを並べ、小型ナイフで適当な小ささにカットしていく。必要以上に細かくはしない。面倒だもん。
私は魔術で食材を大雑把に切ることができるので、しっかりとした包丁はもっていない。だけど、チーズを削ったりとかそういう細かい作業のために小型ナイフはもっていた。
やろうと思えば食材をテレキネシスで空中に固定し、風の刃を渦上にして切り刻む、という芸当もできるだろうけど……そういう細かい魔術の調整は中々大変なのだ。そこまでくるとこうやってナイフを使う方が楽だと思う。
それにこうして物を使って食材を切っていると、何だか料理をしている感が出る。それはきっと、私が料理初心者だからそう感じるのだろう。料理慣れてる人はこういうのにこだわらなそうだもん。
とにかく、赤唐辛子とベーコンを小さく切った後は、また小瓶に詰めていく。すると小瓶の中はオリーブオイルで満たされ、その中に玉ねぎ、ガーリック、赤唐辛子にベーコンが沈んでいた。
これでパスタ用調味液の完成だ。パスタを茹でた後この調味液を熱して絡めれば、ペペロンチーノ風パスタが出来上がるはずである。
これは調味液というよりも、パスタソースと言うべきかもしれない。でもこれをパンにつけて食べてもおいしいだろうから、何もパスタだけに用途は限られないか。
折よくパスタも茹で上がり、一端取り皿にパスタをうつし、中のお湯は捨てる。
そして空いた調理用ケトルに先ほど作った調味液を適量入れ、熱していく。ケトル自体がもう十分に温まっていたからか、中に残った水分と温まるオリーブオイルがすぐに反応し、パチパチと音がなっていた。
同時に香ばしい匂いも漂ってくる。調味液に入れた食材はどれもそのまま食べられる物だが、熱したことでより味を深めているのかもしれない。
その匂いに惹かれたのか、花畑を見て回っていたライラが戻ってきた。
「おいしそうな匂い……お腹空いちゃったわ」
「もうすぐできるよ」
ライラは私の魔女帽子のつばにちょこんと座り、料理を待ち始めた。
私自身すぐできると言った通り、あとは熱した調味液にパスタを戻して絡めれば完成だ。
まだ茹で汁を少し纏っているパスタを入れると、更にパチパチと水分がはねていく。
「あっ、あつっ、危なっ」
料理初心者の私からすれば油はねはかなり恐ろしい。ちゃんと水分を切っておくべきだった。
しかしそう後悔しても、もう遅い。私は油はねするケトルから離れ、テレキネシスで思いっきり左右に揺らして強引にパスタと調味液を絡めていった。
ある程度絡んだろうと当たりをつけ、ケトルを火から放す。そして取り皿にパスタを盛った。
ほかほかと湯気が上がるパスタからは、同時に香ばしいオリーブオイルの匂いが漂ってくる。
「結構うまくできたんじゃないかな」
調味液自体が変な仕上がりになっていることは無いだろうし、味はちゃんとしているはずだ。
ライラと一緒に、熱々のパスタを口に運んでみる。出来立てなのでとても熱いが、ガーリックの風味に赤唐辛子の辛さ、ベーコンの香ばしさが感じられ、ちゃんとペペロンチーノ風になっていた。
これはおいしい。自分で作ったから採点は甘目だけど、ピリっとくる辛さのおかげで次々口に運びたくなるおいしさだ。
辛くて香ばしくて、でもオリーブオイルの柔らかな風味もちゃんとあって。それがしっかりパスタに絡んでいるのだから、おいしくない訳がなかった。
この調味液、乾燥玉ねぎやベーコンも入っているから、色んな食材に絡めるだけで一品料理が完成するんじゃないだろうか。我ながら、野外料理で色々活用できそうな良い物を作ったものだ。なんて自分を褒めてしまう。
私とライラはあっという間にパスタを食べ終えてしまう。食後のお茶を淹れるべく再度お湯を沸かしながら一息ついた。
「今日のは明らかにおいしかったわよ、リリア。前のビスケットとは違って、すごく料理してるって感じだったわ」
「でしょ。自分でも驚いている。やっぱり意外に料理の才能があるのかな私」
「それはないと思うわ」
ばっさりと切り捨てられ、私は苦笑を返した。
今回は紅茶でなくハーブティーを淹れることにした。ハーブは、リラックス効果のある匂いが特徴的なラベンダーだ。食後のなごりにぴったりだろう。
ラベンダーはその紫色の花びらが特徴的だが、市販のラベンダーティーだと色抜きをしていて薄黄色をしていることが多い。でも今回は私が摘んで乾燥させていたラベンダーの花びらをそのまま使ったので、鮮やかな薄紫色をしている。色の濃さが違うが、いつぞやのリリスのハーブティーっぽい見た目だ。
でも当たり前だが匂いは全然違う。リリスの花で作ったハーブティーは変な匂いがしたが、ラベンダーは落ち着くいい香りがする。
しかし飲んでみると……味はそんなに大差なかったり。でもリリスの時より苦みも渋みも少ないので、まだ飲みやすい。やっぱり匂いがメインかな、この手のお手製ハーブティーは。
「こういうお茶もいいわね。私は好きよ」
ライラは以前リリスのハーブティーを喜んでいたので、ラベンダーティーも結構好きなようだ。もしかして花で抽出してたら何でも喜ぶんじゃないかこの子。妖精って花が好きだろうし。
「ん……? なんだろう、あれ」
ラベンダーティーを飲みながら夜の花畑を眺めて目と鼻を楽しませていると、花畑の一角がほのかに発光しているのに気付く。
まさかイルミネーションツリーのように花畑もライトアップされるのだろうかと思って目を凝らしたら、そこには妖精が数人舞い飛んでいた。
淡い光を放つ妖精三人ほどが、花畑の一角の上でくるくると舞い飛んでいる。驚いてそれを見ていたら、どこからか次々と妖精たちが集ってきていた。
数人が十数人になり、更に数を増し数十人に。小さな妖精がこの広い花畑に突然集まりだして、楽しげにダンスをしていた。
「……ライラ、何あれ。妖精がいっぱい集まってるんだけど」
「珍しいものを見られたわね、リリア。あれはダンスパーティーよ。妖精はたまに、素敵な花畑に集って踊り合うの」
なるほど、ダンスパーティーか。確かに花畑の上で舞う妖精たちは互いに息を合わせてダンスのセッションをしているように見える。
一人がくるりと輪を描くように回れば、もう一人がその輪の中を進み、その二人が向かい合って片手を合わせてくるくる回りだす。
同時に舞い合う妖精たちは数を増し、数十人規模に及ぶ複雑なダンスを繰り広げていた。
花畑で繰り広げられる幻想に、魔女の私もさすがに驚いて見守るしかない。
「……もしかしてあの中にライラの友達とかいるんじゃない?」
妖精に友達という概念があるのか分からないけど、私は聞いてみた。
「どうかしら? 見知った子は結構いるけど」
さすがに数十人もの妖精の群れから友達がいるか探すのは難しかったのだろう、ライラは首を傾げてダンスパーティーを見やる。
ライラはしかし、突然思いついたとばかりに目を見開き、私を真っ直ぐ見つめた。
「そういえばリリアって魔女のお友達はいるの? 弟子以外で」
私がライラに妖精の友達がいるのか疑問を持ったように、彼女もその疑問を思いついたようだ。
ふと、私の脳裏にとある二人の顔が浮かぶ。
「魔女の友達か……うーん、一応いるかな」
「なんだかあいまいな言い方ね」
「友達っていうか……幼馴染が二人いるんだよね。子供の頃からの付き合いだし、友達って言うのがむしろしっくりこないかも」
そういえば、あの二人は今どうしているのだろうか。急に旅を始めたせいもあって、連絡を取る機会は無かった。そもそも私もそうだが、皆魔女として立派にやっていっているから、簡単に会えたりはしない。最後に会ったのは数年前くらいだろうか。
「……ライラ、せっかくだから一緒に踊ってきたら? 友達いるかもしれないんでしょ?」
「え? ええ、そうね。偶然居合わせただけとはいえ、挨拶するのもレディのたしなみかしら」
ライラは赤い髪をなびかせながら羽ばたき、妖精たちの集いに向かう。だが、その途中ではたと振り向いた。
「リリアは行かないの?」
「いいよ、妖精ってあれで警戒心強いから、びっくりさせるかもしれないし。ここで見てる」
「ふーん、別に大丈夫だと思うけどね、リリアなら」
ライラは気を取り直して妖精たちの輪へ入っていった。たくさんの妖精の中、ライラの姿はすぐに見失ってしまう。だけど、光の渦の中でライラは友達と一緒にダンスしているのだろう。
花畑で繰り広げられる妖精たちのダンスパーティー。それを見ながら、私は幼馴染二人の顔を思い出していた。
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