44話、ガーリック風味の塩パスタ

 まだ空が薄暗い夜明け頃、私とライラは町を出て街道を歩いていた。


 旅を再開するにはまだ早い時刻だと思うけど、これは完全に昨日寝た時間が悪かった。


 自称吸血鬼から起因する寝不足のせいで、昨日は朝ごはんを食べたらすぐ眠くなってしまった。ちょっとしたお昼寝のつもりだったのに、起きてみればもう夜。


 ひとまず夜ごはんを食べた私とライラは、そのまますることもなく宿屋で時間を過ごし、結局こんな夜明け前に町を出立することにしたのだ。


 早起きをしたわけでもないが、こんな朝とも言えない早くから歩くというのは、ちょっと清々しい気持ちだ。そう思うのはもともと出不精だったせいもあるかもしれない。


 しかし私のような出不精魔女ですら旅だからと自分の足で歩いているというのに、妖精のライラは……。


「はぁ~……なんだか完全に睡眠リズムが崩れてしまったわ。もう眠い感じ……」


 ライラは私の肩に腰かけ、可愛らしくあくびをしていた。完全に私を止まり木扱いしている。しかも勝手に歩く便利な止まり木だ。


 そんなライラを横目で見ていたら、私もつられてあくびをしてしまった。


 ライラが言うように、最近の睡眠リズムはぐちゃぐちゃになってきている。だから今日はどんなに眠くても夜まで起きていたいところだ。


 これから先、目指すところは雪が降り続けるという極寒の地だ。はっきり言って寒いのは嫌だけど、せっかく旅をしているのだからそういう土地も見ておきたい。


 あとそういうところのご飯はかなり気になる。やっぱり暖かいスープとかが多いんだろうなぁ。


 とはいえ、雪が降り続ける極寒の地はまだまだ遠い。ここから段々と寒い気候の地域に差しかかってくるので、ゆっくり寒さに慣れていければいいな。


 これから先の予定を考えつつ歩いていると、時間が経つのはあっという間だった。


 薄暗い空は明るさを取り戻し、柔らかい日差しが降り注いでくる。もう数時間は歩いたことだろうか。


 時刻はようやく人々が起き出す朝の頃合いだろう。


 そんな時間になったということは、つまり……お腹が空いてきた。


 夜ご飯を食べた後、宿屋で漫然と時間を過ごしている間に一度軽食も口にした。しかしそれ以降全く何も食べていないので、お腹が空くのは当然と言える。


「ライラ、そろそろ朝ごはんにしようか」


 街道の端っこへ向かい座りこんだ私は、ライラにそう声をかけた。しかし返答はない。


 不思議に思って肩に座るライラをちらと見てみると、彼女はこっくりと船をこいでいた。いつから寝てたんだこの子。


 自由気ままな妖精は睡眠リズムを調整するつもりがないようだ。多分寝ようと思えばいつでもすぐ眠れるのだろう。少しうらやましい。


 ライラを起こそうか迷ったものの、どうせ食事の準備をしていたら勝手に起きるだろうと思い、私はバッグの中を漁りだした。


 そして取り出したのは前の町で買っておいた乾燥パスタに、乾燥したガーリックと玉ねぎを細かく切り刻んで袋詰めにした調理用のセットだ。


 この乾燥ガーリックと乾燥玉ねぎを刻んで袋詰めにしたものは、暇な夜のうちに仕込んだものだ。町では乾燥ガーリックと玉ねぎが売られていたが、そのまま持ち運んでは旅の途中の食事に使うのは難しい。だからこうして調理しやすくしておいた。


 ということで、今回はガーリックと玉ねぎで和えた簡単なパスタを作ろうと思う。


 作り方はかなり簡単だ。まずケトルで水を沸かし、そこに半分に折ったパスタを入れ数分茹でる。半分に折るのはそのままだとケトルに入りきらないからだ。火は当然私の魔術。魔女でよかった。便利。


 パスタを茹でている間にバッグから楕円形のボウルに似た形状の食器を取り出し、袋詰めしたコマ切りガーリックと玉ねぎをその中に適量入れていく。


 この食器は割れにくい素材で作ってあるので旅に最適らしい。店員からそうおすすめされて思わず買ってしまったのだ。確かにやや小さめだし割れにくそうだし悪くはない。


 そして後はパスタが茹で上がるまで待ち、ケトルから取り出したパスタを水切りしないでそのまま食器の中にいれていく。


 こうするとパスタに付着した水分がちょうど乾燥ガーリックと玉ねぎを柔らかくしてくれる……はず。


 最後にこれまた以前に町で買っておいた塩を適量かけ、フォークなどで軽くかき混ぜて全体を和える感じにすれば完成だ。


 ものすごく簡単、というより雑な料理だけど、旅路の中での料理と考えるとよくできた方ではないだろうか。


 正直旅の途中の食事でわざわざこうして手間をかけてまで料理をするのは効率的ではないが……これも旅を楽しむ一工夫だと私は思う。


 町では立派なごはんが食べられるが、町から町へ向かう道中は野宿することもあるし、そういう時の食事はやはり保存食や携帯食料などの簡素なものが多くなってしまう。


 しかし保存食の種類はそこまで多くないし、正直最近飽きてきた。


 だからたまにはこうして旅途中で料理をするようにしてみようと考えたのだ。


 確かに調理の手間は若干かかるうえ、食器や食材も増え荷物は多くなるし、料理をそんなにしない私ではお店の味とは比べ物にもならない。


 でもこうして旅の途中で料理をするというのは、中々楽しいものがある。何気ない道中も楽しく過ごすためにはこうしたことも必要だろう。


 確かに荷物も手間も増える。けど、それ以上に心に余裕を持つことができて良いことだと私は思う。


 なにより手持ちの食材で料理をするのは、パズル的でちょっと楽しい。調理過程も魔法薬の調合と似た者があるし、私って結構料理好きになれるのかも。


「ん……なんだかすごい匂いがする……」


 そんな前向きな気持ちで作ったパスタを満足げに見ていると、肩で眠っていたライラが起きだした。


「ライラ、朝ごはんできたよ。ほら、これ私が作った」


 丸い食器に入った素っ気ないパスタを見て、ライラは羽ばたいて近づきくんくんと鼻を鳴らした。


「なんか……匂いが強くない?」

「ガーリックが入ってるからね、あと玉ねぎも」


 ライラはガーリックの匂いがちょっと苦手なのか、顔をしかめていた。


 おそらく乾燥ガーリックなので生のよりも匂いがきつくなっているのだろう。お湯でちょっと水分を取り戻しているせいもあるかも。


「大丈夫なの? これ……」

「大丈夫だって、多分」


 警戒するライラを安心させるため、まずは私が一口食べることにした。


 フォークを回してパスタを軽く巻き付け、そのまま口に運ぶ。


「……うん、まあまあ」


 自分で作ったのだが、私はとても中立的に味の判断をすることにした。


 なんというか普通。ライラの言う通りガーリックの匂いは強いが、いざ口に運ぶと味は結構淡泊だ。それも当然、味付けは塩のみだもん。


 つまりただのガーリック風味の塩パスタ。それでも結構悪くないと感じるのは、この塩が上質なものだからだろうか。


 この塩は以前エメラルダと再会した海辺の町エスティライトの名産で、ミネラルがたっぷりらしい。


 塩にミネラルがたっぷりなのは当然じゃない? と思うのだが、きっとこの塩はその辺の塩と違って上質なのだとアピールするための文言なのだろう。多分。


 ほんのりした塩気の中に、パスタのちょっとした甘みとガーリックと玉ねぎの風味を感じて、まあまあそこそこおいしいといった感じ。


 私が普通に食べているからライラも警戒が解けたのか、子供用フォークでパスタをひとすくいし、ゆっくりと口に運んだ。妖精サイズの食器はさすがに無いので、子供用で代用している。それでもちょっと大きいけど。


「……そうね、まあまあね」


 ライラも私と同じ感想らしい。


 そう、この雑なパスタ、割と悪くない。塩気しかない素朴なパスタなのだが、ガーリック風味は十分効いていてなんだか次々と口に運んでしまうのだ。


 この雑パスタ、熱したオリーブオイルなんかで軽く炒めたらもっとおいしくなるかもしれない。今度作る時はそうしよう。


 私とライラはお腹が空いていることもあって、あっという間に雑パスタを完食してしまっていた。


 パスタを食べ終えた後は、ケトルを一度すすいでお湯を沸かし、紅茶を淹れて食後の時間をゆったりと楽しむことにした。


「わりと悪くなかったわよ、さっきのパスタ。それにしてもリリアったら、料理に目覚めたの?」

「まあ、たまにはね。結構楽しいし」

「そう、じゃあ次はもっとおいしいものを期待するわ」


 ライラに言われて、私は苦笑を返した。


 しかし次の料理か……魔法薬の知識を生かして、その辺の野草を使った料理とかも悪くないかもしれない。


 でもそれはライラが嫌がるかな……いやライラは妖精だし、野草くらいいけるのかな? なら失敗しても最悪ライラが食べてくれればどうにかなるし……野草料理、意外といけるかも……?


「……なんだか変なこと考えてない?」

「そんなことないよ」


 心の中を見透かされてしまったのか、ライラに慌ててそう返す。しかしライラは疑わしそうにじとりと私を見ていた。


 そんなライラから目をそらし、私は紅茶をゆっくりと口に運ぶ。


 おいしい料理を作るというのが旅の目的の一つに加わり、これから先また楽しくなりそうだ。

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