43話、オニオングラタンスープとクロワッサン

 まだ早朝とも言えない時刻から森をさまようこと数時間。


 空が白みはじめ、暗い森の中にも少しだけ明かりが戻りだした頃に、ようやく私とライラは森の出口を発見した。


 数日ぶりに街道へ出て薄暗い森からの解放感を味わった私たちは、すぐに朝ごはんを食べてないことを思いだして空腹を感じ始めた。


 このままここで軽く食事を取ろうかと思った私だったが、上空から周囲を見回したライラによると、そう遠くないところに最寄りの町が見えるらしい。


 夜から朝にかけて歩き回ったせいもあり、どうせならしっかりした料理で空腹を満たしたい。なのでライラが見つけた町を目指し、そこで朝食を食べることにした。


 そうしてしばらく街道を歩き続け、ようやく最寄りの町へたどり着いた私を出迎えたのは、なんだか独特な匂いだった。


「なんだろうこの匂い……ガーリック?」


 そう、町全体からガーリックっぽい匂いがすごくしてくる。


 ガーリックを大量に燃やしてなんかやばい呪術的儀式でも行っているの? なんて、そんなことを想像してしまうほど強烈な匂いだ。


 さすがに匂いが強すぎるので、その辺りを歩いていた町の人にさりげなく訪ねてみる。


 すると、少しばかり私たちにも関係ありそうな話を聞くことができた。


 どうやらこの町の近辺に吸血鬼が出没するという噂が大分昔からあるようで、吸血鬼が苦手だと言われているガーリックを使った料理が主流になっているらしい。


 あと玉ねぎを使った料理も多いとか。これも吸血鬼が苦手とする食材だと町に伝わっているようだ。


「噂されてる吸血鬼って、あいつのことかしら?」


 ライラに小声でささやかれて、私は首をすくめて返答した。


「さあ……? ベアトリスが本当に吸血鬼だったかどうかは正直よく分からないかな。それにあの子普通にガーリックソースがかかったステーキ食べてなかった?」

「……そういえばそうね」


 仮にベアトリスが正真の吸血鬼だったとしても、彼女は別段ガーリックに弱いわけでは無いようだ。


「じゃあ玉ねぎはどうなのかしら?」

「……さあ?」


 ライラに首を傾げられながら尋ねられても、私も同じように首を傾げるしかなかった。


 この町では吸血鬼は玉ねぎも嫌いと伝わっているらしいが、私が聞いたことある吸血鬼の伝承では玉ねぎ嫌いということは無かったと思う。


 とすると、もし噂の吸血鬼がベアトリスだとしたら、吸血鬼とか関係なくあの子個人が玉ねぎ嫌いということになるのだろうか。


 ……もしそうだとしたら、なんかすごく間抜けに思える。ちょっと馬鹿馬鹿しい。


 つい数時間前、崩壊する洋館に飲まれていったベアトリスの姿を思い出しながら私はそんなことを思った。


 とにかく、今の私にとってベアトリスが吸血鬼かどうか、そして玉ねぎが嫌いかどうかは別に気にすることではない。


 今私が気になることは、お腹が空いているとはいえ早朝からガーリックまみれの料理を食べるのはどうなのだろうかということだ。


 深夜のうちから森の中を歩き回っていて疲れているし、できることなら朝食を取った後一眠りしたいところ。


 そんな時に結構刺激があるガーリックがたっぷりな料理は勘弁したい。胃がもたれて快適な睡眠がとれなくなりそうだもん。


 今回ガーリック料理は遠慮しよう。そう決めた私は、ライラを連れて適当なお店に入店した。


 外装が地味で小さな看板を掲げたそのお店は、明らかに外部の人よりもこの町の人々をターゲットにした料理を出しているところだ。


 今まで旅をしてきた経験で、そのお店が旅人向けかどうかは見た目や雰囲気で薄らと判別できる。普通に間違うこともあるけど。


 旅人向けに調整された料理と、町の人々に向けた普段彼らが食べている料理は、どちらもそれなりに一長一短がある。


 外部の人間用に調整された料理は基本的に食べやすくおいしいが、その町ならではの個性はやや薄い傾向だ。


 そして普段その町の人々が普通に食べている料理は現地の味わいをそのまま楽しめるが、町によっては料理のクセが強く当たり外れもある。


 今回私が町の人々向けのお店を選んだ理由は、旅人向けのお店だとこの町が一番推しているガーリック料理が多そうだと思ったからだ。


 逆に町の人々に向けたお店は、ガーリック料理以外のメニューも豊富のはずだ。だって、いくら町の名産だからって、毎日ガーリックが効いた料理は飽きるし胃にもたれるもん。


 そういった理由で選んだお店だったが、結果的に私のこの考えは当たっていた。


 お店に入ってメニューを眺めると、ガーリック料理以外にも様々な料理があった。


 今回ガーリック料理は遠慮したい私だったが、だからといってどこの町でも食べられる料理よりも、やはりその町で推している食材を使った料理を食べたいという思いはある。


 なのでこの町で二番目に推されている食材、玉ねぎを使った料理を頼むことにした。


 色々とメニューを眺めて候補を決め、最終的に選んだのはオニオングラタンスープ。


 クリーミーなグラタンなら今の疲れた体と胃に優しいだろうという理由だ。


 注文して料理が運ばれてくる間、眠気に襲われうつらうつらと船をこぐ。


 ライラも眠いのか、私の肩に座ってその体を私の頭にもたれかかせていた。


 そのうちに料理が運ばれてくる。現金なもので、いざ料理を目にした私たちは一気に目を覚ましてしまった。


 オニオングラタンスープは散りばめられたチーズがところどころ焦げていて、真っ白な中で黒茶色がアクセントとなっている。


 匂いも良い。焦げたチーズの香ばしい匂いとホワイトソースのクリーミーな匂いは、ガーリックの匂いが強い店内の中でも全く負けていない。


 付け合わせは二口で食べられそうなくらい小さなクロワッサンだった。それがバスケットにたくさん入っている。


 早速スプーンを持って、グラタンスープの中にその先端を沈めてみる。


 スープというだけあって、普通のグラタンよりもややとろみが薄い。それに、スプーンを割り入れた瞬間玉ねぎの匂いが一気に噴きだしてきた。


 グラタンスープの中はやや飴色になっていて、スライスされた玉ねぎとマッシュルーム、そして輪切りにされた硬そうなパンが入っていた。


 どうやら飴色になるまで炒めた玉ねぎをホワイトソースと合わせているようだ。そこにスライスした玉ねぎまで組み合わせているのだから、ものすごく玉ねぎを推している料理だということが分かる。


 グラタンスープの中に入っていたパンをスプーンで軽く突つくと、スープが染み込んでいっているのに結構硬めだった。


 おそらくまずは玉ねぎが効いたグラタンスープを楽しみ、最後にスープがたっぷりと染み込んで柔らかくなったパンを食べて締める、という料理なのだろう。


 ……しかしこの料理、付け合わせがクロワッサンなんだけど。パンとパンで被ってない?


 そもそもクロワッサンを他の料理と合わせて食べるイメージがない。特にスープとは。


 クロワッサンはバターが効いていてサクサクの食感が重要なのだから、グラタンとはいえスープ系とは合いそうにない。


 そのことにちょっと首を傾げた私だが、おいしそうな料理を前にして考え込んでも仕方がない。


 はやる気持ちを抑えながら、グラタンスープをスプーンですくい味わってみる。


 オニオングラタンスープは、かなり甘みの強いスープだった。ホワイトソースの柔らかな甘みと、玉ねぎの強い甘みがよく混ざり合っている。


 甘みが強いのは、飴色になるまで炒めた玉ねぎをホワイトソースと合わせているからだろう。甘いだけでなくコクもよく出ている。そこに焦げたチーズの香ばしくもクリーミーな風味が混じり、強い甘みをまろやかにしてくれていた。


 スライスされた玉ねぎは、もともとあまり熱を通していないのだろう。熱いグラタンスープの中に入っていたのに結構シャキシャキとした食感で、やや辛みもあった。それが良いアクセントになっている。


 あと食べて気づいたのだが、ほのかにガーリックの香りもあった。ガーリックはここでも推すのか。でも余計な匂いにはなっていない。


 オニオングラタンスープを数口ほど食べた後、付け合わせのクロワッサンに手を伸ばしてみる。


 グラタンスープに入っていたパンはもう少しスープが染み込んだ方がおいしそうだったので、ひとまずクロワッサンから味わってみるという算段だ。


 しかしこのクロワッサン、スープと一緒に食べて良いものか。とりあえず一口食べてみる。


 サクっとした食感と、バターの風味。これは普通においしいクロワッサンだ。これ単体でいける。


 ……あれ? つまりこれってそのまま食べる用のクロワッサンなのだろうか? 付け合わせというより、口休め的な?


 多分そうなのだろう。サクサクした食感のクロワッサンを他の料理と合わせたら台無しになってしまう。


 小さなクロワッサンを一つ食べた私は、またオニオングラタンスープに手をつける。


 スープを数口飲んだ後、そろそろ柔らかくなったであろう底に沈んだパンにスプーンを差し入れる。


 やはりパンは柔らかくなっていて、スプーンの先端で押しつぶすように割っていくと、中からじゅわっとグラタンスープが染みだしてきた。


 一口分パンを割り取り、口に運ぶ。


 もともと硬めに焼かれたパンだけあって、やはり小麦の風味が強い。スープと合わせても本来の味が損なわないように作られているパンだ。


 そのパンに甘みが強いグラタンスープが染み込んでいるのだから、おいしいに決まっている。


 グラタンスープに硬いパンを最初から沈ませるのは、かなり良い手法ではないだろうか。


 残ったスープがどんどんパンに染み込んでいくので、グラタン皿を傾けてスープをすくう手間もない。


 他の町では見たことが無い手法の料理なので、もしかしたらこの町で昔から伝わっているやり方なのかな。


 ライラに分け与えながら食べ進め、ついにスープの最後の一滴まで染み込んだパンを食べ終わる。その後口休め用のクロワッサンを一個食べてごちそう様。


 玉ねぎがメインのグラタンスープだったが、中にパンも入っているし、クロワッサンもあったため食べごたえは十分。おいしかったしかなり満足だ。


 お腹が満たされてくると、今度は猛烈な眠気がやってくる。


 お店を後にした私とライラは、宿を探して一眠りするのだった。

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