第8話 決意

 一族全員が知っていていいはずの重要な情報じゃないか、と言いかけて雷が何かに気づいたように顔を曇らせた。それが本当なら大地が溶けだしている今、もし皆に知れ渡っていたら、と言う事に思い至ったのだろう。


 人間界に降りる事が禁忌とされてきた理由。長にしか伝わっていない理由がそこにある。すると大地が溶け始めたのもこれが初めてではないと言う事になる。


 二人にも理解させた上で長は続けた。


「喩え太陽光に当てようと、人の世界の雪には十分な栄養がないのじゃ。仮に銀髪の者が辛うじて生き残れたとして、里の大多数の黒髪の者はもって半年」


 雷と呼ばれた男と雪羅が瞬間息を呑む。


「ここが消えれば白金の髪のお主達と、わししかまともに動く事もままならなくなるだろう。一年、二年位はまだ良しとしよう。だが、その後はどうする? 雷、お主の妹と母親は黒髪じゃったな。子供数名の為に死んでくれと言うか?」


 苦渋を飲むような雷の顔を見るのは誰もが初めてで、どれ程の言葉であったのか言うに及ばない。


「雪羅よ。間に合えばわしはそれで良いのじゃ。無駄な命など取らん。氷河珠とそして最後の銀の子。それだけじゃ。それともこれだけの犠牲を払ってきて皆に滅べと?」


 長の言う犠牲。それを雪羅に悟られたのはつい最近だった。知らせたのではない、あの事実を知られてしまったのだ。口にしないのはその事に関係している者達、皆が承知した上の出来事だったと言う一点だろう。


 今更言ってもしょうがない事でもあった。


「……」


 長が言う命とは雪羅の妻の子の事だろう。雪羅と彼女を添わせたのは長自身だ。平時の時であれば許されぬ婚姻だった。


 大切なものが二つ。一つは保障される。だが、残りの一つと世界のどちらかを選べと。


「悪い、雪羅。俺は、行かせてもらう」


 親友同士の雷が雪羅に頭を下げていた。顔は、見なくても想像に難くない。雷にとって家族がどれだけの意味を持つか雪羅なら理解できたはずだった。


 白金の髪に生まれた者はその力ゆえに恐れられる。神懸りと言う程ではない力。だが、力に付き纏う恐怖と言う物を克服して見てくれる者は少なかった。家族、例外となりうる者の一つ。添おうとする者が居た白金の髪の者は幸せかもしれない。


 それが分かったから。分かってしまうから。雪羅にも選択の余地などなかったのだろう。長の目にはそう見えていた。


「……分かった」


 言葉の重み。その声音が雪羅の決意を表しているようだった。驚いたように振り返った雷に頷いて、雪羅もまた人の世界へ赴く事を了承してくれたのだった。


「頼むなどと言える立場ではないが、雷、雪羅。この世界を。里を、どうか」


 言葉と同時に頭を下げた長には、長としての苦しみに満ちた願い。雪の精そのものの生。種としての葛藤がそこにはあった。


「許されると思うなよ、じじい。俺も俺自身を許さない。忘れるな。決して、絶対にだ」


 雷の搾り出すような声は、やり場の無い怒り故に長の心に強く響いていた。





 真冬に続き、残る白金の髪を持つ二人が人間界へと降り立ったのはその夜の事だった。





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