第7話 雪の精の里

 無数の星が煌めく夜空の下。氷の大地に一人、長い白金の髪と髭を風になびかせるままにした老人が佇んでいた。巨大な屋敷を背中に、供の女性を傍らへおいている。


 雪の精の里。人間界の遥か上方の時空に位置する極寒の大地。最果てにある屋敷の前でその老人は待っていたのだ。


 青白い地表、薄黒い闇が支配する世界。透明な氷が、瞬く星の光量を乱反射し夜の世界を照らしだしている。風が優しく大地の表面を吹きつける。そんな中、一つの影がすぐ前へと降り立っていた。


「長」


 声と共に現れた男が跪く。長と呼ばれた老人も応えて頷いていた。


「――は見つかったか?」


 供の者にすら聞きとれなかったその声に、恭しく頭を下げていた男は首を横にふって応えていた。


 頷き、少しの間目を伏せてから、長はゆっくりと今度はしっかりとした声音で言葉を吐き出したのだった。


「雷(らい)と雪羅(せつら)を呼びなさい」


「長!」


 供の者がたまらずに口を差し挟んだ。続く「あの裏切り者を――」と言う言葉は長の言葉によって遮られる。


「分かっておる。だが、もう時はあまり残されておらん。あの二人にかけるしかあるまい」


 供の者が押し黙る。納得したように男も頷いた。そして再び男の姿は掻き消えたのだった。






 静かな時間が過ぎていく。男が発ってから小一時間は経っただろう。そして霧に霞む遠方に八つの影が出現していた。


 ゆっくりと確実にその影達が大きくなってくる。少しの間を置いて、長と呼ばれる老人の目にようやく彼らの輪郭がはっきりと映りこんできていた。


 長を前にして、二人の白金の髪を持つ若者が衛兵と供に立ち止まる。脇へと下がる衛兵達。二人の力を知る者であれば衛兵達がついているのが形だけだと理解できただろう。


 彼らを尻目に、髪を短く刈っている雪羅がすかさず一歩前へ踏み出そうとした。腕で制止したのは、肩まで伸ばす髪を後方へ流したもう一人の白金の髪を持つ男、雷だった。長を睨みつけ、怒鳴りだしたい気持ちを辛うじて押しとどめているだろうと伺える。


「じいさん、今回の事でよく俺達を使えると思えるな。何を考えてる。何故そうできるんだ。確かに一度断っただろう」


「言うな、雷。お前達にも真実を話そう。恐慌を生まない為に秘密にされて来た真実を」


 雷にも負けない怒りの眼差しで応えたのは雪羅だった。


「真実だと。まだ隠している事があるのか」


 静かに頷いて長が言葉を紡ぎだした。延々と長と長に近しい者にだけ伝え続けられた真実だった。


「力のない雪の精は、人間界では生きていく事ができん」


「なっ!」




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