第6話 少年と子犬
子犬を初めて見る小雪は興味深々で、少年は照れている為からだろうか、なんとなく無言のまま数分が過ぎ去った。
子犬を見つめ困ったように少年へと顔を向ける。
「この子、噛まない?」
「噛まない、噛まない。まだちびすけだから大丈夫」
急いで応えた顔がほのかに赤い。小雪はその子犬に触りたくなってうずうずしていた。手をそっと伸ばしては引っ込める。三度繰り返して、ようやく子犬の頭へと片手を乗せたのだった。新鮮な感触に知らず目が細まって、
「やわらかい」
ふさふさの毛に触れて小雪がにっこりと微笑んだ。つられて少年の顔にも笑みが浮かぶ。
「お、おれ雄太」
ん? と言う顔をして自分がまだ名前を言っていない事に気がついた。雪の精を人間は受け入れないと聞いた事があるような気もした。しかし自分一人では帰る道も分からないし。と、思案に暮れる。
「小雪」
「こ・ゆき、こゆき、小雪ちゃん」
噛み締めるように何度か呟き雄太は笑った。
「雄太は帰らないの」
帰りたいと言う思いと、雄太は違うのかな? と言う疑問が、ふと声になって漏れ出ていた。
一瞬雄太の表情が暗く曇る。それを隠すように逆に問いかけてくる。
「小雪ちゃんは?」
「あたしはもちろん」
言った言葉が途中で止まる。目を閉ざすと頭には真冬の姿が浮かんだ。
(姉様。姉様なんか。一人で遊んでいればいいんです。あたしが居なくたって)
一人ではなくなった安堵からか、ふと小雪の心に投げやりな気持ちと、真冬を困らせたいと言う衝動がわいていた。
「……帰らない」
首を傾げた雄太の体が思い出したかのようにぶるっと震えた。既に辺りは薄暗く、もう一時もすれば何も見えなくなりそうだった。
「小雪ちゃん、とりあえず休むとこ探そう? たしかこの付近に洞穴があったと思ったんだ。僕はその洞穴を目指してた」
疑問と共に小雪の目が下方へと向けられる。麓はもうそこだった。
小雪の視線を追って里へと顔を向けた雄太はそこでぽつりと漏らした。
「ぼくも帰れない」
なぜ? とは聞けない雰囲気があった。二人でぼんやりしていた時間はあまり長くない。なんとなく、どちらからでもなくその洞穴を捜し二人は歩き始めた。
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