第5話 出会い

 小雪視点。


 わけも分からず駆け続けた後。雪で覆われた見知らぬ斜面をぼんやりと小雪が踏みしめていた。思いを爆発させて、それでもなお、心には真冬の事だけで一杯だった。周りが目に入らない。


「姉様のばかっ」


 蹴り上げた雪が軟らかい音をたてて周囲に散らばる。言った口から荒い息が漏れている。


 思い出されるのは昔の真冬の笑顔。優しくて、あったかくて、それでいて無邪気な。


「ばか」


 何時からだろう。真冬の瞳から何かが消えて見えるようになったのは。


 とぼとぼと歩く速さは次第に遅くなっていた。ちらつく雪に夕日の光が混ざっている。ここにいたってようやく小雪は自分が見知らぬ場所を踏みしめているのに気がついたのだった。


 真っ白い斜面。上を見渡してもさっきまで居た小屋は影すら見えない。細く小さい木々には静かに降り積もる雪だけが纏わり、遠く小さかったはずの平地が視界にあふれていた。


「姉様」


 何時の間にか麓近くまで降りて来てしまったこの場所で立ち尽くして途方に暮れる。


 大人になっていない小雪は、人間の子供と体力においても大差ない。歩いて戻ろうにも、もう足が疲れて動かなかった。


「姉様ぁ」


 泣きたくなってしゃがみ込んだ。小雪の耳に小さな鳴き声が届いたのはそんな時だった、


「ん?」


 辺りを見廻す。下方からゆっくり登ってくる少年と、物凄い勢いで駆け寄ってきて絶え間なく吠え始めた子犬と目があった。


「きぁっ! あ、あ」


 しゃがんだままだった小雪が恐怖に慄く。雪の上へとへたれ込んで、震える両手と足で体をより後ろへと押し下げようともがいた。


「ちびっ。こら、やめろっ、ちびっ!」


 慌てたのは少年の方だ。少女を怖がらせてしまっている事が重大で、何かを考える余裕など微塵もないように見える。少年と子犬の口から真っ白い息が勢いよく吐き出されていた。


「ご、ごめんっ」


 吠え続ける子犬を無理やり抱き寄せた少年が頭を下げた。着物が古ぼけて淡い色になっている。小雪よりも少しだけ高い身長は、これから成長していくだろう事を思わせる。血色のやや悪い顔は空からの光を受けて楽しげに見えた。優しい微笑み。


 恐る恐る子犬を伺う小雪の瞳に、やっと安堵の色が浮かんだのだった。





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