第2話 真冬(まふゆ)と小雪(こゆき)

 十数時間前。


 一週間。真冬と小雪は山小屋で生活していた。山の中腹にあるひっそりと静まり返った小屋の中、真冬が姿勢を正す。


「姉様。ご飯」


 小さな小雪が台の上へ、どんっと白米ではなく雪を盛った木で出来たお椀を置いた。


 ちらりと真冬は、小雪のむすっとした不機嫌そうな顔を伺う。そしてお椀を片手で掴み、その不味い雪を一口だけ口に含んで飲み込んだ。


「ねえ、小雪」


 ぷいっと小雪が横を向く。その顔を両手で左右からしっかりと挟み、ぐいっと自分へと向けさせる。


「なにが不満なのかなー」


 微笑みを浮かべる真冬の目だけが笑っていない。理由は分かっている。それでも真冬は小雪の口から言わせたかった。


 たじろぎながらも小雪はちょっとだけ目尻を吊り上げて応えた。


「ここへ来て一週間。一週間ですよ!」


「そうね。一週間だったかしら」


 やっぱり、と思いながらそっと視線を逸らす。


 追求したのは溜まった感情を吐き出させたかったからだ。


 そしてこれは本音から、


「ああ、早く春にならないかしら」


 真冬はそう呟くと長く美しい白金色の髪を片手で掻き揚げ、眉を逆立てて小さな小雪が飛び上がるのを何とはなしに眺めた。


 真っ白な雪景色が窓から遠く見渡せる。


 小汚い、けれど登山者や猟師には必要不可欠な避難場所。小さな小さなその小屋は純白の着物を纏った二人には似つかわしいとは思えなかった。


「真冬姉様っ」


 可愛らしい顔を真っ赤にしながら、銀色の髪でおかっぱ頭の小雪が大声を上げる。その声を聞きながら、白く透き通るような頬を手でひらひら扇いで真冬は聞き流していた。


「あたし達の使命をお忘れですか」


「はいはい」と相槌を打ちながら、小さなあくびを噛み殺す。


 ここへ来るまでに何度も語られた話を小雪はとうとうと語り始めた。


「そもそもあたし達雪の精が、なんでこんな禁忌とされてきた人間界なんかに来なければならなかったか、ちゃんと分かっているのですか」


 ぼんやりと真冬は、窓の外に舞い落ちる雪を目で追いかけ始める。


「故郷の大地が溶け始めて八十二年」


「八十四年」


 景色を眺めながらも真冬はつっこみを入れる。「うぐっ」と言葉を詰まらせて、それでも小雪は言葉を続けた。胸元から何かの書状を取り出して、


「元の大地に戻せるって言う氷河球を捜す使命を受けたんですよ、あたしと姉様は!」


 ほらっ! といわんばかりに突きつけてきた。


 再び胸元へと大切そうに小雪はしまう。


 長から二人へと書かれた書状を持ってきた真冬が、小雪に押し付けたのはついこの間の事だ。


 そこで小雪はふうっと息を吐き出した。


「今まともに動けるのは姉様とあたししかいないって言うのに」


 ちらっと小雪は視線を向けてきて、そして再びはあっとため息をつき、肩を落としたのだった。


 興味なさそうに真冬は窓の外を眺め続けていた。




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