雪女は笑わない

神原

第1話 序章

 雪女は笑わない


 山の稜線は雪に覆われ。いつまでも空は晴れる事がなかった。広大な雲海の間から、濃い紫の雲が沸き上がった。不安を掻き立てるような不吉な色の雲が空を覆っていく。


 凍える風が荒れ狂い、視界を塞ぐ程の雪が乱れ飛ぶ。二人の対峙が、力を行使しようとする意志の表れが、その吹雪を招いていた。白金の髪の男女、二人の雪の精としての強大な力によって。


 遮る物など無い斜面を真冬が疾走する。美しい白金の髪が風になびく。男が右手を上げた。瞬間、真冬が横へと飛び退った。寸前まで居た場所に巨大な樹氷が隆起する。


 肩がわななく。震えていた睫毛がふせられる。再び開かれた瞼、その瞳には悲しみと絶望の暗い影が宿っていた。


「真冬。気持ちは分かる。だが、雪の精全体の種と数人の子供の命、一つを選べと言われたらお前にも分かるはずだ。どちらを優先させなければならないかを」


 問いを発する男の掌から生まれた雹が真冬を追いかける。そして頬の皮一枚を切り裂いて雪の中へと消えていった。流れ出る青い血。奥歯をぎりっと噛み締めて、真冬は相手を睨みつけた。


「世界と大事な子を天秤にかけろですって? もうかけてるわ。決まっているじゃない。私は――」





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