救いようの無い話

あかくりこ

第1話

 救いようの無い話



 勇者は艱難辛苦を退けついに魔王の元に辿り着いた。

 魔獣を従え人間の安息の日々を脅かす悪の権化。その諸悪が今勇者の目の前にいる。

 ここに来るまでに払った犠牲は少なくない。不運にも毒草にかぶれて命を落とした者。底なし沼に沈んだ者。脚を滑らせて落ちた者。蔓に絡まって身動きがとれなくなった者。残ったのは勇者たった一人だ。

 みんなの無念を晴らすためついに勇者は魔王と対峙した。


 太古の巨木の樹冠の座所。温かい木漏れ日としたたる緑溢れる玉座で、肩口から巨大な蝙蝠の翼をはやしたグリフォンを枕にうつぶせ寝のままで勇者を迎える魔王。その美しく妖しい容姿は二次性徴期を迎える直前の危うい年頃の少年のようでもあり、しどけない娼婦のようでもある。剣を履き、弓矢を携え、いつでも矢を射ち込み首を搔けるよう身構える勇者を微塵も警戒していない様子がかんに障る。

「お前の首もらい受ける」

「生真面目だねぇ」

 艶っぽい声で勇者を評価する。

「僕の首をとるのは構わないけど。それは君の意志なのかい?」

 そうだ、と勇者は答える。魔王を討ち、首級を上げる。それは平和を願う村人たちの、国の、ひいては全人類の悲願だ。

「じゃあ、僕が今から出す質問に答えられたらいいよ。首をあげる」

 魔王の質問はいたってシンプルだった。

「ネズミ算式に増える蓮の葉が池の水面を半分を覆っています。池全体を覆いつくすのはいつでしょうか」

 愚問だ。それが魔王の命乞いだったと村に帰ったら喧伝してやろう。そう腹の中であざ笑いながら勇者は考える。ネズミ算というのは一枚が二枚、二枚が四枚と倍々で増えていく奴だろう?簡単じゃあないか。覆い尽くす日を1とすると。前の日は二分の一。

「答えは翌日だ」

「正解。ではこの蓮の葉が増えるのを抑えたいのですが、どうしたらいいでしょう」

「そんなもの、毟ればいいだけだ、観念しろ魔王」

「減らす、か。やはり結論はそうなるよねぇ」

 残念そうにため息を吐く魔王の喉笛に狙いを絞って勇者は矢をつがえる。鏃には竜をも即死させる猛毒が塗ってある。魔王め。苦しみ抜いて死ぬがいい。勇者が矢を放つ寸前。キイン。耳元よりやや上方で嫌な金属音が響いた。成りに亀裂が入って張っていた弦が僅かにたわんでぶれた。矢は手元に引き込まれ勇者の左腕を深々と射抜いた。

 巨木の頂であがった勇者の悲鳴は遠くまで響き渡った。







 猛毒にやられ死んだ勇者の亡骸のそばにしゃがんで魔王はひとりごちる。

「やれやれ、悪魔の住処まで押しかけてきて我々人間の安息を脅かすもないもんだ」

 この世が誕生した時、まず魔神が生まれた。魔神は魔王と悪魔を生み出す傍ら神を生み出し、神は人間を生み出した。

 悪魔と人間はみるみるうちに地に満ち住まう場所に困るほどに増えていった。

 困り果てた悪魔と人間は神を仲介にして協議した。

 かつて神と悪魔と人間が交わした約定。

 人口が決められた上限の半分を超えたら自ら調整を行う。悪魔は約定を守り、半分を超えると地を這う者は自ら海に落ち空を飛ぶ者は自ら火山に飛び込んだ。こうして悪魔は数を減らしたが人間は約定を守らなかった。あまつさえ悪魔の住む場所にまではびこり増殖していった。悪魔は憤慨した。これは悪魔の面子に泥を塗る行為だと神に詰め寄った。

 だが、神は人間がかわいくて仕方ない。悪魔は魔王を通して魔神に訴えた。魔神は神に折衷案を与えた。

「落とし所として、三者両得の妙案を人間に考えさせましょう」

 それまでは人間に変わって神が調整を行うこと。

 不幸にも。不運にも。魔王討伐隊として森に踏み入り巨木に到達し樹冠に到達するまでに喪った者が神に調整された者ということだ。


 人間が三者両得の妙案を出すまで約定は活きている。違えること覆ることは無い。












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