P.39

 ビュッと、目に見えぬ速さで5つの爪は巻き戻る。

 相討ちになった。両者とも片膝をついた。互いの腹部からボタボタと血が滴り落ちる。

 ナノマシンが止血と応急処置に駆け廻る。戦闘能力は大幅にダウンする。

 劉は立ち上がった。驚異の体力だ。右手をかざす。5つの鋭利な爪が光る。

 あれはイブの能力じゃないか。イブはプラズマ炉に落ちて死んだはず…… 炉に細工があった? 回収してにするために。

「もう動き廻れまい。この爪は速く、射程は長い。勝負あったな」

 劉は勝利を確信して寄る。とどめを刺す愉しみに、顎関節を三日月形に開く。顔を失って笑顔をつくれず、さぞかし残念だろう。

 最後の攻撃が来る。シュウの胸に向いた5つの爪刃が――

 伸びない。逆に、退いて通常の指に戻った。そのあと右腕は痙攣を始めた。

 意志を拒否した片腕に劉が動揺する。

 痙攣する右腕、その肘あたりから瘤に似た肉塊が盛り上がった。肉塊はどんどん膨らみ、土台の右腕は逆にやせ細る。肉塊の養分として吸い取られるように。

 やがて右腕は干からび、土色の皮が骨に貼り付くミイラ状になる。肉塊はサッカーボール以上に成長していた。ぐじゅぐじゅと起伏を造り、それは異形の頭部を形成した。

 異形の頭部が、劉に向いて口をきく。「ワタシの爪を使っていいと、誰が言った?」

 それは見知った顔だった。かつて戦った者の顔──

 イブ!

 金色の双眸がシュウを見る。耳まで開いた口が微笑んだ。

「加勢するぞ、ブーステッドマン。オマエには借りがある」

「な、何が起きている……」劉の声がわなないた。

「ワタシには休眠遺伝子を起動させる力がある。オマエの中に囚われたが、じっくり腕を味方にしていたのだ。ワタシを取り込むとはいい度胸だな。泣いて後悔するがいい」

 大口を開け鋭い歯を剥き出す。支配下に置いた右腕を折り曲げ、劉の顔に迫る。「喰ってやる!」

 襲いかかるあぎとを、劉は左手でブロックした。握力で顎を砕きにかかる。メキメキ音をたてる。その指を喰い千切ろうとイブの歯がめり込む。

 ──今しかない。

 シュウは治療に携わるナノマシンを引き揚げ、すべて戦闘力に回した。塞ぎかけていた傷口が開き、再び出血が始まる。

 命はいらない。劉を滅ぼす!

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