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 声が聞こえた。幻聴だろうか? 

 ──ナノ通信に変換され、強力に増幅されたメッセージだ。大声でわめいている。

 コクマーの声。

(聞こえているか? おい、!)ノイズ混じりで飛び込んでくる。

(公務員はクビになった。今はお尋ね者だ)

(規制法は廃止された。地位は回復する。慰謝料と退職金もらわないとワリに合わねえぞ!)

 危機的状況にもかかわらず、苦笑が洩れた。(ありがたいアドバイスだ)

(そこの通信妨害を突破した。ECHIGOYAの通信衛星を介してアンタのインプラントにリンクしてる。座標はマザーに伝えた。生きて帰らねえと承知しねえぞ!)

 マザー? 連絡がとれたのか?

 いつの間にか全身から苦痛が退いていた。絞めつける念動力PKが押し返されている。

 浮いていた躰がドサリと床に落ちた。

 自らのPKが無効になり、劉は茫然としている。

『探していました。コクマーとやらのお陰です。間に合った』マザーの穏やかな声が胸に染みるようだ。『先がえなくて動けなかったの。、わからなかった』決意を込めるような間があった。『アナタを信じる。を託します』

『待ってくれ。オレより、アンタが直接、を使えばいい』

『ワタシになんて無い。ただのオバサンよ。ワタシにできることはことだけ。アナタに、HUGのみんなの力を繋ぐ。戦士よ、為すべきことを為しなさい。アナタの背には、アナタがまもった者たちがついている』

 劉は憎々しげに宙を睨んだ。「マザーか。サイキックどもめ、ワタシの念動に逆波形を重ねて無効にしたな」憎しみの視線はシュウに移る。「キサマが依代よりしろというわけか。よかろう、あの女の目の前で八つ裂きにしてやる」

 劉にとって、シュウは既にではない。破壊しつくす対象になっていた。

 うおお!

 獣と化して襲いかかってくる。

 対するシュウは氷のように冷静だった。ナノにインストールされた豊富な武術から、瞬時に最善手を選択する。

 突進する相手には、合気──ぶつけてくる力をそのまま返す。

 捕えたと思った瞬間、シュウの躰を支点に獣は一回転し、対面の壁に激突した。

 砕けた壁から身を起こす劉は、追撃を逃れ瞬間移動する。

 パターンは読んでいた。追う。意識に連動するHUGの念送者ポーターがシュウの躰を望んだ地点へ瞬間移送する。

 区画の隅に劉が出現した時、真横にシュウも移送されていた。

 手刀カマイタチが、表皮の失せた劉の腹筋を貫いた。

 血しぶきを撒き絶叫してシュウを振り払う。

 次の瞬間、脇腹を激痛が襲った。

 何が起きたのかわからなかった。劉の右手の爪が伸び、曲線を描きながらシュウを串刺しにしていたのだ。

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