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「抜かったわ。ニッポン人はハラキリするのだったな。女ながら、」使い慣れぬ日本語で未有を讃えた。「だが、ワタシは無事だ。ワタシは何層にもなっている。外側の一層が死んだだけ」

 ロシア人形のマトリョーシカを連想する。胴体を上下に分けると、中から次々に小ぶりな人形が出てくるやつだ。無数の凶悪な人間を重ねて出来上がった劉は、まさにマトリョーシカだ。

「コレクションが台無しになってしまった」砕け散った水槽と散乱するを見て、劉は嘆息した。「まあいい。また集めるだけだ。凶悪者に事欠くことはないからな。当面の方針は変更せざるをえない。景宮、とりあえずキミを素材にしてこの躰を修復せねばな」

「やってみな」

 臆する気持は失せていた。ナノマシンの力で封印していた記憶は、すべて受け入れた。

 もう過去から逃げない。

 自分ひとりが悲惨なのではない。この世に惨劇など溢れている。惨劇が積み重なる血塗れの道を、人類ヒトは歩んできたのだ。

 未有が命を捨てて教えてくれた。現在いま、心の湖面には微かな波紋も無い。

 滑らかな加速ブーストがシュウの姿をかき消した。

 劉の顔面に左ストレートが直撃する。仮想剣カマイタチが追い、脇腹を裂く。迷いを無くしたシュウの動きは、武芸を極めた達人のごとく無駄がなかった。

 動きの鈍った手負いの劉に畳みかける——が、

 劉は数メートル離れた場所に瞬間移動していた。肩で息をしている。「キサマ、何が変わった?」キミがキサマになっている。余裕が消し飛んだ。

 最強の男は身を退き、初めて敵に身構えた。誰もが劉に抱く限りない恐怖から、シュウが解き放たれたことを知ったのだ。

 シュウは突進する。だが、その勢いがクッションに似た力場に阻まれた。

 ──念動力! 

 劉はサイキック戦に転じた。

「図に乗るなよ。キサマごときとはレベルが違うのだ」

 躰が宙に吊られた。全身に圧力が掛かる。

 ぐっ。

 頭蓋が絞めつけられる。手っ取り早く脳を潰して植物状態にする気だ。必要なのは身体能力。こんな脆弱な精神はゴミ箱行きってわけだ。

 意識が遠のいてゆく。

 やはり劉は最強だ。いくら奮い立ったところで、勝てるはずがなかった。

 諦念が、むしろ穏やかに心を充たす。これで、家族の元へ、行ける……

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