P.35

「やめろ。やめてくれ」無駄とわかる懇願も、せずにはいられない。

 妹もこんなふうに──

 稲妻のようにフレーズがよぎった。

 目の前を閃光がはしる。デジタルモザイク・ノイズが視界を吹き荒れる。

 封じ込めてきた記憶が甦ろうとしているのだ。精神衛生を司るナノマシンが、懸命に禁忌の蓋を押さえている。

 ──中学生だった妹──佳奈かな

 モザイク・ノイズが脳内を駆け廻る。ナノマシンが警報を──悲鳴をあげる。

 ──佳奈も──犯された。

 危険な記憶を封じていた蓋がはじけ飛んだ。

 ──劉に!

 精神の支えが瓦解した。シュウは膝から崩れ落ちた。

 閉ざしていた霧が晴れる。押し込めていた映像がやって来る。高校生だった自分の目前で起きた惨劇が、鮮明に再展開する。生々しさに吐き気がこみ上げる。

 ひざまずいたまま、のように口を震わせた。「やめてくれ……お願いだ……」涙が溢れている。

「思い出したか。あっさりフヌケになるのだな。所詮、ヒトは記憶の奴隷でしかない」

 戦意喪失したシュウに興味を無くしたように、劉は生贄の女へ歩み寄る。片手をナノマシン変形で両刃剣に変え、未有みうの縛めに当てる。特殊カーボンの縄があっさり断ち切られた。

 手首をさすりながら未有は半身を起こす。立ち塞がる男の目を、キッと見返す。

「気の強い女は好みだ」

 腕を掴まれかけた瞬間、未有は音速の世界に飛んでいた。

 つむじ風が劉の側頭を襲う。弧を描く踵が、こめかみに──

 渾身の一撃は、だが、届くことはなかった。

 剣から戻った手に足首を掴まれ、猟師に捕らわれた獲物のように吊り下げられていた。

 上衣がずり下がり躰の大半が露出する。その僅かな布さえ剥ぎ取られた。

 劉は両足首を握り、左右へ開いた。晒された陰部へ大量の唾を吐きかける。

 荷物でも扱うように上下を入れ替え、そそり立つ二本の肉矛に未有の股間を落とした。生殖と排泄──異なる機能の両器官を、同時に貫いた。

 未有は弓なりに反った。

「女、高貴な血を引くそうだな。犯しがいがあるというものだ」

 裸身をかかえ、劉は立ったまま律動を始めた。

 だが、女は反応しない。凌辱者が求めるものを与えようとはしない。悲鳴も哀願も涙も。

 眉をひそめるこさえなく、毅然と唇を結び、凛とした眼差しを凌辱者に向けていた。

 当てが外れた凌辱者は、苛立ちを律動の激しさに変えた。

 それでも女はであり続ける。石像の瞳は蔑みの色を浮かべている。

 屈辱を受けているのは陵辱者の方だった。

 このとき、狂暴なエネルギー膨張がシュウの感覚を揺さぶった。

 ――そんな!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る