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「マザーの要求は何だ?」

「すべての差別を止めよ、だとさ」答えたあと、劉はわらいだした。「ガキがプラカードでも持っているようだ。いい歳した女が──」まだ肩が震えている。「だが示威活動デモの効果は絶大だ。翌日、各国政府は一斉に声明を出した。に類する規制は当面凍結された」

 マザーらしいやり方だ。無人の場所でサイキック・パワーを見せつけた。

 これで、人類ヒトは迂闊に動けなくなった。指導者たちに隠れ家は無い。座標を特定されれば、シェルターに潜もうと、見えない破壊力が襲ってくる。

 安全な場所で指揮をとっていた戦争指導者たちは、はじめて最前線に立つ兵士の気持を味わったのだ。

 人類ヒトの最大の武器は狡知と謀略だ。ひとたび笑顔で譲歩や和平を提案しようと、虎視眈々と形勢の逆転を狙う。

 サイキックにも弱点が有る。は命を削る。優勢と判断すれば、人類ヒトは約束事など容易に破棄する。

「ワタシと同じことを考えているな。そのとおりだ。当面、サイキックと人類の衝突は先延ばしされた。ついでにキミが喜ぶ話題も提供しよう。ECHIGOYAの横領事件は不起訴になった。誤認捜査だとよ。茶番だな」

 腕時計型端末リストデバイスは取り上げられている。歯茎に埋め込んだ標識インプラントを介しても、GPS情報を取得できない。「ここは何処だ?」

「洋上の人工島だ。ここではすべての通信が遮断されている。キミの友人は優秀なハッカーだが、そう簡単には突破できん」

 コクマーのしかめっ面が浮かんだ。

「で? オレに何の用がある? 説明しろ」

 劉は立ち上がった。「ついて来い」

 シュウが出てきた建物の隣、別棟へ向かう。ホールに入ると3基のエレベーターがある。左端の扉を開いた。

 劉に付き従う。大型車が一台収まりそうな巨大な箱が二人を地下へ運んだ。

 扉が開くと、オレンジの薄明りに照らされた空間が拡がっていた。

 そこは奇怪な水族館だった。

 ガラス壁で遮られたむこうに、円筒水槽が整列している。

「ラボだよ」劉は呟いた。「水槽に浮いているのは、ワタシの躰を強化する予定の、素材たちだ」

 水槽に充たされた黄味がかった液体には、鼻や口にチューブを挿入された裸体が浮いている。

 まるで標本だ。標本にしては、あまりに生々しい。

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