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 悪い予感ほど的中するものだ。

 目の前の男と庭園のギャップは、最も悪質なジョークだ。吐き気さえこみ上げる。

 こちらの気持を知るように、はことさら穏やかな作り顔だ。「ゆっくり休めたか?」

「何のまねだ」

「重傷だったのだぞ。治療してやった。礼の一言もないのか」

「何を企んでいる? オマエに善意など程遠い」

 劉は声をたてずに笑う。「まあ椅子に掛けろ」

 段を踏み亭内へ。テーブルを挟み劉の正面に座った。身構えなどに意味はない。その気になれば、3分かからず殺される。

 四隅の柱しか視界を遮る物はない。庭園が360°見渡せた。

 劉はゆったり煙を味わう。最高級のコイーバ。

 違和感を覚えた。劉に喫煙の習慣はないはずだ。家族が殺された時も、念爆者の於女香オメガが覚醒した時も、観劇を愉しむような男の口にタバコの類いはなかった。

「これか?」シュウの視線にシガーを持ち上げる。「嗜好が変わったのだ。ときどき、そんな事がある」

 風貌も以前と異なる。鼻が尖り、彫りの深さが陰影を深めた。東洋系に西洋系が混じり人種が特定できない。

 この男に、いったい何が起きている……

「本題に入ろう。キミがのんびり寝ている間に、世界が大きく動いた」

 テーブル上のノートPC。画面をこちらに向ける。「マザーが人類に対し示威活動デモを行った」

 息をのむ。いったい何が起きた?

 画面の映像は夜の砂漠だった。テロップは〈サハラ砂漠〉。

 月光にしっとり濡れた砂の海。

 蒼い闇を切り裂いて、とつぜん火の玉が膨れ上がった。画面がかれるように白く染まった後、すぐに元の砂漠が戻った。何事もなかったように、蒼い空にはぽっかり月が懸かっている。

 映像が切り替わる。次の場所は北極海だ。

 巨大な氷山が高層ビルのようにそそり立つ。

 耳障りな音がスピーカーから響いた。氷壁に無数の亀裂がはしる。破壊の線に沿って巨氷は砕け、ブロックとなって崩落した。波しぶきを上げて海面に落ちる──

「三日前の映像だ。場所とイベントは世界中に予告されていた。各国政府機関やマスコミが観測する中、この二つの示威活動デモは実行された。計測によれば、砂漠を照らした火の玉の熱は4000度。原爆並みだな。だが、放射能は検知されない。於女香オメガの念爆だろう。氷山の破壊にはマグニチュード8相当のエネルギーが集中した。誰のだろうな。複数人による合力念動かもしれん」

 シュウの背筋を冷たいものが伝い降りた。

 マザーが、──

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