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「主人がお待ちしております」布地ごしと思えぬ明瞭な声だ。「それともくつろがれますか? ワタシで良ければ、もてなすよう申しつけられております」

 どんな情報でも欲しい。「では、少し時間をもらおうか」シュウはコーヒーカップを手にテーブルの椅子に掛けた。

 が、女はテーブルに着こうとせず、ベッドの脇へ行ってマスクを外した。

 閉じ込められていた黒髪がほどけ、東洋系の顔が現れる。素早くボディスーツも脱ぎ始める。下には何も着けていない。たわわな乳房がこぼれた。

「待ってくれ。そういうのは要らない」の意味に気づいた。

「ワタシがお気に召しませんか?」半裸の女は言う。

「そうじゃない。を着てくれ」

 シャドウで目尻を上げたアーモンドアイがシュウを見つめる。言われたとおり、スーツとマスクの中へおのれを埋め戻した。

 豊満な美女は去り、黒い無個性が甦った――

 このとき、女が主人と呼ぶ者の名が脳裏に浮いた。

 まさか。そんなことが……

「話をしたいだけだ。座らないか?」対面の椅子を手で示す。

「必要以上の会話は許されておりません。もてなしも食事も必要なければ、下がらせていただきます」とにべもない。

「そうか。旨いコーヒーだったよ」シュウはため息混じりにカップを戻す。

 黒い女はワゴンを押してドアに向かった。

「主人はこの廊下の先、庭で待っております」そう言い残し、閉まるドアのむこうに姿を消した。

 シュウはクローゼットから服を取り、着替えを始めた。

 黒い女が通った白壁の前に立つと、所在不明のドアが難なく開く。そこから白い廊下が一直線に伸びる。

 突き当りには、一幅の絵画のように、切り取られた庭の一景が見えた。

 そこまで歩くと、庭へ出るガラス扉が片側へスライドした。

 隣に別棟が立つ。黒い女はそこへ戻ったようだ。

 見事な庭園が拡がっていた。

 緑の中に菜の花が黄色い絨毯を敷き、桃や杏子あんずの樹が満開の花をつけている。

 樹々の先に東屋あずまやがあった。中国式の〈亭〉の様式。

 陽光が桃色と薄紫の花雲を透かし、亭への小径こみちを夢幻のごとく浮き上がらせている。

 花のアーチをくぐり、シュウは進む。

 亭の中央、贅を尽くした椅子で、一人の男が待っていた。白いジャケットに白いローファー。あらぬ方を眺め、ゆったり葉巻シガーをくゆらせている。

 ──リウ

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