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 切れた口から血が流れる。手の甲で拭い立ち上がる。

 機械仕掛けの男は余裕だ。こちらがファイティングポーズをとるまで待つ。「わかったか。これが精密に制御されたブーステッドだ。もう一度だけ言う。投降しろ」

「何度も言わせるな、渡部。

 次の加速ブーストは双方同時だった。

 1秒足らずの間に、渡部の膝が肋骨を折り、肘が上腕骨に亀裂を入れていた。だが、シュウの右手に浮いた妖刀カマイタチは、超高速振動の刃で相手の胸を貫いていた。

 マシンはマシンの思考しかできない。マシンが合理的であるなら、ヒトは不合理であればいい。ヒトはそれほど狡猾なのだ。

 機械マシンなら当然躱かわす攻撃を、ヒトは目的のためなら受ける。勝つために命さえ差し出す。

 数手先まで計算され繰り出さたは、数動作後のシュウにトドメを刺すはずだった。

 手順を無視した最悪手は、精密機械マシンが予測した想定の候補外だった。殺さず捕獲するという、マシンに与えられたコマンドの盲点をついた。

 マシンが優秀であるほどヒトのは見抜けない。ヒトこそ最強の戦闘マシンなのだ。

 二人のエージェントは折り重なって倒れた。

「景宮、オマエ、死にたがっているのか?」最期に理不尽な一太刀へ文句をつけ、渡部は息絶えた。

 憎悪にまみれた魂は無間地獄を彷徨さまようだろうか。

 元同僚の機械腫瘍も外してやりたかった。だが、一瞬勝負では叶わぬことだ。

 死人は敗北をよろこんでいるように見えた。緩んだ表情が語っていた。

 人間を殺人兵器に仕立てる組織、APSYの所業に血も凍るようだ。

冷たい怒りは、すべての起点である人類ヒトさがに向いた。

 渡部に勝ったとはいえない。敗けなかっただけだ。代償でシュウも重傷を負った。内臓を損傷している。立ち上がることもできない。

 遠くからヘリの音が近づいている。敵か味方か。

 もう一つの音。海岸から複数の足音が駆け寄ってくる。

 躰が抱え上げられた。見知らぬ若い男がのぞき込む。「保護する」と言った。そのまま海岸方向へ運ばれてゆく。

 銃声が轟いた。ワンボックスに残っていた誰かと、こちら側で銃撃戦になったようだ。

 大海原、沖のきらめく波間に、小型潜航艇が浮上していた。

 波打ち際でゴムボートに乗せられる。

 そこでシュウの意識はフェードアウトした──

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