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天候も味方した。雲が割れ、背負った海面が太陽に輝く。興奮剤で左の瞳孔が開いた枕木は不利になる。
念動波が飽和する前にシュウは突っ掛けた。アスファルトを蹴る速度は段違いに上がる。
その速度に枕木は目を剥いた。
シュウは拳銃を抜く。
ゼロ課エージェントは拳銃を使用しない。音をたてず証拠を残さず任務を遂げるからだ。だが、今は例外だ。銃弾が必要なのだ。ただのオトリとして。
走りながら撃つ。一発。二発。三発。
枕木はあわてた。拡げた力場を中央へ戻す。弾丸を受け止め弾き返す。「そんなオモチャが効くかよぉ!」
弾丸を追って突っ込んでくる紺のスーツ。それを念動力が捕らえた。
そのまま、雑巾を絞るようにねじ切る。スーツがズタズタに千切れた。
「やったぞ! はは、ざまあ――」
だが、シュウは頭上に居た。
弾丸に気を取られ注意力が逸れる間に、ジョーカーを上着に張り付けて飛ばしたのだ。本体は、力場ガラ空きの真上へジャンプしていた。
高笑いする小男を、シュウの
手刀が超高速振動を帯びる。仮想剣カマイタチ。首を狙うはずの刃は、しかし右頭部を覆う機械の腫瘍に振り下ろされた。
腫瘍が割れ、電子の右眼に灯る青い燐光が消失する。
左の肉眼からは、憑きものが落ちたように狂暴な色が失せた。
枕木は我に返ったように目を
「どうして殺さなかった?」馬乗りになったシュウを見上げて言う。
「死ぬ前に、オマエ自身に戻してやりたかった」
うふ。うふふふ。自由な意識を取り戻した男は、奇妙な笑いを洩らした。「解放されたんか。やっと解放されたんや。ずうっと鉄の爪が脳みそに食い込んでた。ああ、頭が軽い。自由や……」目が子供のように無垢を帯びている。「もうええ。これでもう、なんも望むことあらへん。おおきに、おおきにな……」うわ言のようにくり返す。目尻を涙が伝っていた。「ニイチャン、やさしすぎるで。それが、いつかアンタを──」思い直したように頭を振る。「──いや、違うな。それがアンタを、救うんや」
生命力すべてを念動力に変換された男に、生きる力は残っていなかった。間もなく肉眼は焦点を失う。枕木は死んだ。残りの涙が溢れて耳まで流れ落ちた。
凪沙たちを乗せたセダンは、とうに走り去っていた。
残ったワンボックス。その前に立つ黒服がシュウに向いて歩きだす。
立ち上がり、待った。
海風が二人の間を吹き過ぎる。
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