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 は紀州の海岸が舞台となった。

 〈Wake up!〉が仲介して条件をすり合わせた結果だ。

 APSYと接触があってから三日後の正午。

 海風の吹く砂浜で、折り畳み椅子に掛けた枕木がシュウを待っていた。赤と青のアロハシャツにバミューダパンツという軽装。ビーチサンダルを突っかけている。

 少し離れた場所にシルバーのワンボックスが停車していた。運転席以外は遮光され、中は窺えない。

 シュウとベンケイを後部座席に乗せたセダンが松林の小道を抜けてゆく。運転はジャックだ。

 いっさい追跡しないという条件が守られるよう、〈Wake up!〉があらゆる情報媒体を通じてモニターしている。ドローンを複数機周回させ、ジャミングで通信妨害をする条件は認めさせた。

「ここでいい」松林を抜ける手前でシュウは停車させた。

 カスミから渡されていたシリンジを取り出し、指示どおり歯茎に注射した。生理食塩液に乗って極小インプラントが奥歯の根元に埋め込まれる。ナノマシン標識だ。位置情報を発信し、ナノ通信を中継増幅する機能を有す。〈Wake up!〉はECHIGOYAの通信衛星にアクセス権限を持つから、強力なトレース能力でシュウを追跡できる。ささやかな保険だ。

「ベンケイ、一つだけ約束しろ」

「何です?」

「凪沙と周志を回収したら、付き添って最後まで逃げろ。オレのために戻ってくるな」

「しかし──」

「周志がオレたちブーステッドの希望だ。ずっとそばに居てまもりぬけ。いいな」

 苦いものを呑み込むように大男は頷いた。「……わかりました」

 シュウは車を降りた。「方向転換してくれ」

 車が逆向きになるのを待ち、道を外れて砂地を歩き始めた。枕木が待つ場所へ向かう。いつもの紺スーツ。特殊ラバーソールの靴。馴染んだ戦闘服は、シュウが契約したシークレットロッカーから〈Wake up!〉が回収した物だ。

 砂地は踏み込みの反発が無い。当然、移動速度は落ちる。ブーステッドマン最大の武器、加速は減殺されるのだ。

 なるほど。キレ者の参謀でも居るのか。

 いま気づいたところで、どうしようもない。

 武蔵は太陽を背にし、波間の日光反射で小次郎の目を眩ませたという。

 見上げる空は雲に覆われ、鈍い光しか降ってこない。武蔵の手は使えんか……

 林が途切れる直前の太い幹に身を隠す。座して待つ男まで50メートルほど。

 サイキックは視野に捉えた対象にしか物理的な能力ちからを行使できないはずだ。

「枕木! 約束どおり来たぞ。人質を解放しろ」

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