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「こちらの様子を見ているだけ。どうするべきか考えあぐねているようだ。だが、いずれ動きがある。劉が何か仕掛けるはずだ。混乱はアイツの大好物だからな」

 劉の名にベンケイの表情が強張る。「あの悪魔、いったい何がしたいんスか」

「世界の憎悪をエスカレートさせる。それをたのしんでいる。だが、当面の目的はマザーの排除だ。ヤツは自分と並び立つ者が許せない」

「マザーか。その女性だけかもしれんスね。この、どうしようもない状況を打開できるのは……」


     *


 数日後の深夜、最悪の知らせが届いた。

 桂 凪沙と、その息子、周志が南米ペルーで拘束された。その後、速やかに日本に送還されたという。凪沙はECHIGOYAをめぐる特別背任の共同正犯、周志は変異者等規制法の対象者として。

 PCディスプレイから、コクマーは淡々と事実だけを伝えた。

 バックライトにベンケイの顔が青白く浮かぶ。感情を喪失していた。

 ブーステッドとはいえ、無尽蔵に戦えるわけではない。疲弊すればナノ同調率は低下し、サイボーグ以下の能力になる。

「APSYから接触があった」起伏の無い声でコクマーは続ける。「あちらの戦士が、景宮 周とサシの決闘を望んでいる。応じれば、凪沙と子供を解放するそうだ」

 枕木か。凄まじい執念を感じる。

「決闘って…… 安物の時代劇だな」

「景宮 周は重要人物のようだ。集めた情報じゃ、APSYは景宮サンに一番興味をもっている。ナノマシンとの同調率が群を抜いてる──その秘密を知りたいらしい。捕まえて研究したいのだろう。ブースッテッド坊やより優先ってわけだ。エサに使う母子おやこは、またすぐ捕まえられるとタカをくくってる」

「罠だ。乗っちゃいけねえ!」ベンケイが憤怒を押し殺して言う。

「罠は承知のうえだ。二人が戻るなら、それでいい」

「アニキ……」ゴツい男の両目に涙が滲んだ。

「〈Wake up!〉は全面支援するぞ。思いっきり戦ってこい、ブーステッドマン!」冷淡な声音が一変して熱を帯びた。

 シュウは苦笑する。「何を熱くなっている。コクマーらしくもない」

「ブーステッドとサイキック、二つの敵を戦わせ反目させる。人類は漁夫の利を得ようとする。こういうやり方が一番嫌いなんだ」

「嫌いも好きもないさ。これが闘いだ」

 コクマーは押し黙り、その後ポツリと言った。「そうだな。勝者が語るべき事を語る。それがだ」

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