第11話 1日1回の愛してる
人工的に魔物を生み出すことができたら、今の生活はどうなるのだろう。
突然襲いかかってくる魔物に怯えることなく、核や素材を回収することができるようになるかもしれない。
動物を家畜化したように、魔物もできるかもしれない。
しかし、魔物が存在したとされる数千年前から今に至るまで、そんな生活をしていたという記録は残っていない。
誰もやっていないのだ。
これだけの時間があっても、実行したという文献すら存在しない。
常識に則って考えれば、クラウスの言ったことは信じられないものだった。
ルカの言葉に誰も返事をしない。
その沈黙の空間に耐えられなくなったのは、最後に喋ったルカだった。
「何か言ってくださいよ!否定でも肯定でもいい!黙っていると不安になるんですけど!」
「ごめんなさい……あまりにも驚いたものだから……」
呆然とした表情のまま、視線を合わさずにロザリアが言う。
上級冒険者を困惑させるような内容の話だったのかと、ルカが驚く番だった。
その話題を提供したクラウスはというと、背筋を伸ばして立ったままであった。
「くれぐれも他のやつらには言わないでくれ。君たちに教えたことがバレたら、俺だって立場が危うくなる」
「嘘じゃないですよね?そんなことを言っておいて、僕たちを共犯にしようとしているんじゃ……」
疑いの眼差しで見ていると、澄ました顔でクラウスは言う。
「好きに解釈すればいい。俺はこぶを治してもらった対価を払った。黙っているようにと前置きしてな。それを破ったやつがどうなろうと俺の知ったことではない」
「好きにすればって……無責任過ぎるだろ!」
「落ち着きなさい。声を荒げても解決しないわ」
ロザリアに冷静に諭されて、ルカは渋々引き下がった。
視線には不満がありありと含まれているが、あまり噛みつけば『命令』を使われるかもしれない。
あの体が勝手に動く感覚は、彼女の意思に反して動くのを躊躇うには十分だった。
「真実か嘘かを議論しても仕方ないわ。クラウスの言うことが真実だと仮定して考えると、このボーンライノスの幼体も生み出された魔物という可能性があるわね」
「重ねて言うが、この魔物が人工的に生み出されたのかは俺にはわからない。俺は噂を耳にしたことがあるだけで、関わっていないからな」
いくら怪しかろうと、疑わしかろうと、クラウスを責められる理由がない。
2本角のボーンライノスが、本当に人工的に生み出された個体なのか。
それとも、自然発生した突然変異体なのか。
ロザリアの言うことを信じるなら前者だが、後者の可能性を捨てるのは早すぎるとルカは考えていた。
「ここで話していても埒が明きませんよ。アプラー湿原までもあと1日の距離です。依頼だって終わっていないのに」
「そうね。これはあくまで寄り道。本題はクラウスの依頼なのはわかっているわ。マーシュベアの手のひらの採集が終わり次第、また戻って来る。帰り道も同じなんだもの。クラウスもそれでいいわよね?」
そう言ったロザリアに、クラウスは頷いている。
彼女の決めた方針に従って、ボーンライノスたちの異変はひとまず後回しにすることになった。
■■■■■
もともと少なかった道中の会話が、人工的に魔物を生み出す話を聞いてさらに減った。
『孤高の黒薔薇姫』と呼ばれるくらい、一人旅に慣れているロザリア。
『仲間殺し』と蔑まれるようになってからは、単独でいることが多くなったルカ。
冒険者2人にとって会話がないことは、なにもおかしなことではなかった。
「何か喋ってくれよ!!出発してから思っていたが、2人とも会話が無さ過ぎるぞ!」
くわっと目を見開いて叫んだクラウスに、前を歩くロザリアと最後尾を付いていくルカの視線が向けられる。
2人の視線は同じような思いを含んでいた。
「クラウス……私と出会って5年は経っているでしょう?私があまり喋らないことくらい、わかっていると思っていたけれど」
「旅の間も楽しませろ、とか言わないでくださいよ。そういう娯楽は自分で用意してください」
ロザリアとルカの視線に含まれている気持ちは、『そんな面倒なことしていられるか』である。
魔物の気配に対して常に気を配り、戦闘になった時の立ち回りを考える。
戦闘になった場合、同行者をいかに安全に離脱させるか。
冒険者としてのランクが違っても、2人はよく似た思考回路をしていた。
「楽しませろだなんて言わないが、2人は婚約者なんだろう?愛の言葉くらい言ってみたらどうなんだ。俺には2人が婚約者だとは思えないな」
「……クラウス。あなた、面白がっているわね」
じとりと睨むロザリアの視線に、大袈裟に体をびくつかせたクラウス。
それを後ろで見ながら、ルカはため息を吐いた。
「乗り気じゃないですけど、クラウスさんの言うことも一理あると思います。僕とロザリアが婚約者になった噂はかなり広まっている。今は周りに誰もいないからいいけど、これが街の中だったら怪しまれますよ」
むっと鼻にしわを寄せたロザリアは、少し考え込んで顔を上げた。
「じゃあ、どうすればいいのよ」
「そうですね……お互いに『愛してる』と言い合うとか?」
思いつきを口にしたルカは、自分が何を言ったのかを理解した途端に顔が赤くなったのを自覚した。
(えっ?今、僕はなにを言った?愛してると言い合うだって!?)
愛だの恋だのどうでもいいと言っていたのは嘘だったのか。
単なる思いつきに過ぎない言葉に、こんなに動揺しているのは恥ずかしいからだ。
そうに違いないと自分を納得させて顔を上げると、いつぞやの見たことのある表情をしたロザリアがいた。
婚約者になれと命令する前に見せた、いいことを思いついたと言いたげなあの顔だ。
「いいじゃない。それくらいならできそうね」
「ちょっと待って!正気か!?好きでもない相手に言うなんておかしいって!」
「やってみるだけよ。うまくいかなかったら、別の方法を考えればいいんだから」
「僕の話を聞いてくれ!!」
ルカの叫びは誰にも届いていなかった。
婚約者になれと命令された時から感じていたが、ロザリアはかなりマイペースな性格をしている。
自分の中にある芯がしっかりしていると言えば聞こえはいいが、頑固者とも言えるのだ。
契約している主人だからあまり強くは言えず、ルカはとんでもないことになってしまったと思いながら、せめてとお願いした1日1回の『愛してる』を言う羽目になった。
■■■■■
ロザリア、クラウス、ルカの順番で縦になって歩いていたが、位置を入れ替えた。
一時的にルカがロザリアの横に来て、恥ずかしさやら疲れやらで顔色を変えながら俯いている。
「えっと……さっきのは単なる思いつきで……その……」
「つべこべ言わない。怪しまれると言ったのはルカなんだから」
「うっ……それはそうだけど」
わかってはいたが、そう言われると反論できない。
正面から『愛してる』を言える勇気があったら、他のことに使っている。
進んでもだめ、戻ってもだめ。
まさに、八方塞がりだった。
「言っておくけど、命令は使わないから」
「なんで!?」
むしろ、使ってくれた方がいい気さえしてきた。
「少しでも不自然さを消すためよ。一々口に出すのも大変なの」
「僕は命令を使ってくれた方が……」
「何か言った?」
反論は許さないという圧を感じて黙り込む。
契約魔法の命令を使わなくても、素の圧で十分じゃないかと言ったら怒られるだろうか。
「先に私から。愛しているわよ」
「じゃあ、こっちも。あ、愛してます……」
恥ずかしさに耐えられなくて、俯かせていた顔を上げるとロザリアは照れたように微笑んでいた。
(どうしてロザリアが照れるんだ?)
傍目にもわかるくらい、頬をほんのり赤くしている彼女を見つめる。
その表情に、ルカは心の中で拳を打った。
(愛してるなんて日常で使わないもんな。やっぱり、言うのが恥ずかしかったんだ)
そうだ、そうに違いない。
これでも立場は弁えているつもりだ。
主人と契約者の関係で、本当の意味での『愛してる』という言葉が伝わるはずないのだから。
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