2.魔物と商人

第7話 新たな依頼

 孤高の黒薔薇姫こと、ロザリア・ミンガルディの婚約者が決まったという話はギルド内ですぐに広まった。

 ロザリアは冒険者としての圧倒的な強さに加えて、腰まで伸びた長い黒髪が印象的な美しい女性だ。

 麗しいと言える容姿を目当てに、これまでに様々な連中が付き合おうと言い寄ってきた。

 しかし、彼女はこれを悉く返り討ちにして、半殺しにする徹底ぶりだ。

 孤高の呼び名に恥じない苛烈な行動は、ギルドの内外で有名になっていた。


 その黒薔薇に余計な虫がついたのは、つい先日のこと。

 まさにお邪魔虫とも言える存在こそがルカだった。

 魔物の群れに襲われて絶体絶命の状況から抜け出すため、上級冒険者であるロザリアに体と魂を差し出して契約を交わして生き延びた。

 その契約は『魂の契り』と呼ばれる血液を使った強力な結界魔法で、主人の命令には絶対服従。

 その命令を使って、主人であるロザリアはルカにこう言った。


『命令よ、ルカ。あなたは私の婚約者になりなさい』


 今思い出してもどうしてこんな事態になったのか、全くもって意味がわからない。

 だけど、命令は命令であり、契約者のルカに拒否権は存在しない。

 体が勝手に跪いた感覚も、考えてすらいない言葉が口をつく感覚も覚えている。

 初めて出された『命令』がロザリアの婚約者になることだった。


■■■■■


 主人と契約者という関係性に、婚約者という属性が追加されたのは5日前のこと。

 それまで散々悩んで考えてみたが、ロザリアの考えがわからないことが理解できただけだった。

 ルカは次第に悩んでいるのがバカらしく思えてきて、深く追求するのをやめた。

 悩むだけ時間の無駄だし、悩んだところで過去は変わらない。

 事実を受け止めて進むことも必要だと思っていた。


「だからって……これはあんまりじゃないですか?」


 街中ではそれほどでもなかった刺すような視線が、冒険者たちの所属団体であるギルドの建物に入った途端に質が変わる。

 探るような、好奇心から見ているものから一転、『殺す』『潰す』と声に出さないが視線だけでそう見られているとわかっていた。


(全員露骨過ぎる!ロザリアにバレると思わないのか!?)


 魔物の討伐ではその力を遺憾なく発揮するロザリアも、人付き合いは苦手なのだろうと思っていた。

 言い寄ってくる相手を半殺しにするのも、どうしていいかわからないという戸惑いからなら、あそこまで頑ななことも説明がつく。

 ルカに向けられた殺気混じりの視線が、まさか自分の命令からだとわかったらどうするのだろう。


(助けは期待できなさそうだ)


 涼しい顔で歩くロザリアの顔を盗み見る。

 彼女と契約してから早くも2ヶ月が経とうとしていた。

 上級冒険者の家らしい、立派な屋敷でロザリアと生活するようになって、彼女に対する気持ちはかなり変わった。


 契約魔法の中には、主人に危害を加えないという命令が最初から組み込まれていることが多い。

 ロザリアと交わしたものもそうで、偶然を装って剣を向けてみたが体が金縛りにあったように動かなくなった。

 契約者からは主人を害することができない。

 それがわかった時、ルカは安心していた。


(何を考えているのかわからない人だけど、恩人だからな。傷つける心配がなくてよかった)


 仲間の血で汚れているルカの主人になっただけで大変だろうに、おまけに婚約者なんてものも追加してきた。

 ロザリアはルカよりも遥かに強い。

 そんじょそこらの有象無象ではまず傷つけることもできないが、自分という弱みを常に晒しているのだ。

 足手まといなのはわかっているが、強くなれたとしても焼け石に水とも考えていた。


「次の現場に向かうわよ」


「はい!すぐに準備します」


 どれだけ殺気を向けられようと、手を出されようと、やるべき仕事は消えたりしない。

 主人であるロザリアに呼ばれて、魔物討伐の現場に向かうための準備を進めた。


■■■■■


 『冒険者』と呼ばれる職業には、主な仕事が2つある。

 1つが魔物の討伐で、もう1つが街の人たちの護衛だ。

 城壁で囲まれた街から一歩外へ出れば、そこは魔物たちが自由に闊歩する危険地帯に変わる。

 街から街、国から国へと安全に移動するためには、冒険者たちの力が必要不可欠だった。


「お待たせしました。上級冒険者のロザリアです」


 ギルドの外で待っていた人物に声をかけたロザリアの後ろに付き従う。

 そっと顔を覗かせると、身なりの良い商人のような男が旅装を整えて立っていた。

 冒険者のような大ぶりの剣は持っていないが、腰に下げた短剣はかなり高価なものに感じた。

 羽織ったマントも肩に担いだ荷物も、よくよく見れば安物は一つもない。

 旅に慣れた貴族の若者のように見えた。


「ロザリア!そんな畏まらなくてもいいのに」


「仕事中よ、クラウス。それ以上ちょっかいをかけるなら、護衛の任務はなしにするわ」


「わぁ!待ってくれ!すまない、悪気はなかったんだ」


 平謝りする男と、仕方がないと言いたげにため息を吐くロザリア。

 その様子を伺っていると、男の視線がルカに向けられた。


「君がロザリアの婚約者のルカか……また、面白そうな子を連れてきたものだね」


「私は当然、この子にも余計なことを吹き込むようなら魔物の群れに放置してやるから。覚悟しておきなさい」


「やらないよ!……相変わらず、厳しい人だ」


 ロザリアとクラウスと呼ばれた男の会話を聞く限り、2人はかなり親しい関係にあるようだ。

 彼女がここまで悪態をついても受け流されているところを見るに、付き合いは長そうだった。


「それで?私をわざわざ指名するなんて。よっぽどの危険地帯に行きたいの?」


「危険地帯というわけではないのだけど……この街から北東方向に行った先にアプラー湿原があるだろう?そこに生息する魔物からほしい素材があるんだ」


 魔物討伐と似たような依頼で、素材の収集を頼んでくる人も大勢いる。

 スライムのような生活に必要不可欠なものから、工芸品を作るために集めたいと考えている人や、薬の材料として求める人もいた。

 クラウスの話を聞いていると、ある魔物の体にだけ生える宝石を探しているようだった。


「ちょっと待って。その魔物って『マーシュベア』のこと?」


「さすがはロザリアだ。あまり有名な魔物ではないのに、よく知っている」


 関心したように頷くクラウスに、ロザリアは苦々しい表情になっている。

 いまいち状況がわからず、視線をうろうろさせていたルカに気付いた彼は教えてくれた。


「アプラー湿原にだけ生息するマーシュベアという魔物がいてね。その魔物は湿原の底にある鉱物を主食としているのだが、その鉱物は手のひらに蓄積されるんだ。何年も生きたマーシュベアは、手のひらが鉱物と化していて、専門の界隈では高値で取引される」


 そう言って、クラウスは右の手のひらを見せてくる。

 じっと見つめていたルカに微笑んだ彼は、ぎゅっと手を握りしめた。


■■■■■


 クラウスは商人として店を構えていて、今回の依頼は必要な商品を作るための材料を集めるのが目的だと言っていた。


「マーシュベアの討伐には、中級以上の強さが必要だ。倒すだけならそれでいいのだが、そこに行くまでもかなり難易度が高くてね。滅多に手に入らない素材だから、超高額で取引されるんだ」


「久しぶりに依頼してきたと思ったら、またこんな命がけのことをしているなんて。命がいくつあっても足りないわよ」


「スリルがないと生き甲斐がないだろう?俺にとっては、金儲けも素材集めも生きていることを実感するための道具だ。それに、ロザリアだって毎回文句を言いながら付き合ってくれるじゃないか」


 クラウスに笑いかけられたロザリアは、ふんっとそっぽを向いている。

 その様子をぼんやりと見つめていたら、ぴりついた視線を感じて顔を上げた。

 それまでにこやかにしていたクラウスが、無表情でルカを見ているのだ。


「あの……僕の顔に何かついていますか?」


「いや!なんでもないよ」


 無表情が打って変わって、ころころと変化する。

 腹の内を見せない人だと思いながら、ロザリアと連れ立って歩く後ろ姿を密かに眺めていた。

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