第5話 契約魔法

 倒れた男たちの様子を見て、重傷にならないくらいに治癒魔法で回復させておく。

 完全に治さないのは、そこまでの優しさを向けるようなやつらではないと思ったからだった。


「あんたたちもギルド所属の冒険者だろ?救護を頼んでおくから、ちゃんと安静にしているんだぞ」


「情けはいらねぇ!」


 最後まで残っていた男が何とか体を起こそうとするが、腕に力が入らない様子ですぐに地面へと突っ伏した。


「あんたたちは僕に襲いかかってきた。それを受けて、こっちは反撃した。まさか、一方的に殴れると思っていたわけじゃないよな?」


 悔しげに顔をしかめた後、男は嘲笑うように口元を歪めた。


「お前……仲間殺しのルカだろ。俺だって噂くらいは聞いたことがある。万年下級冒険者で、いいストレスのはけ口だってな」


「誰だよ、そんな噂流したやつ……。まあ、レンダーあたりだろうけど。あのな、そういうのはもうやめたんだ」


 倒れている男が言った噂のことは知っていた。

 知った上で、放置していた。


 ずっと下級冒険者なのは事実だし、仲間殺しも嘘じゃない。

 今さら言い訳したところで誰も聞く耳なんて持たないし、言い訳なんてことはしたくなかった。


「この痣が見えるか?」


 右手の甲を見えやすいように掲げると、男は目を見開いて固まっていた。


「それは……!お前が魂の契りを結んだと聞いていたが、本当だったんだな!?」


「そんなことも噂になっているのか?」


 今の時代には少なくなったが、昔は血液を使った契約魔法が今よりも頻繁に行われていたらしい。

 主に使っていたのは王族や貴族で、主従関係をより強くするためだった。

 血液で契約を交わし、相手を縛り付ける効力の強い契約魔法の一つが『魂の契り』。

 効力が強い分、暴走した行動を取る主人が多く、次第に廃れていったが魔法の一つとして今の時代まで残されていた。


「どこに行っても噂だらけだな……まあ、いいか。そうだ。僕はロザリアと契約している。あんたたちが僕を恨むなら、その恨みはそっくりそのまま返すからな」


 すでに返却し終わっている男にそう言えば、悔しげに拳を握りしめた。


「なんでお前のような出来損ないがロザリアさんと契約できたんだ!相応しいやつはもっといるはずだ!」


「本当に。その通りなんだよ」


 しゃがみ込んだルカは、頬杖をついてこちらを睨み上げてくる男を見下ろした。


「相応しくない。全くもってその通りだと僕も思うよ」


「だったら、その場所を俺に寄越せ!」


「やだ。というか無理」


 べっと舌を出して言えば、男は目を見開いた後にわなわなと震えだした。


 ぎゃあぎゃあと喚くだけの力がまだ残っていたのかと感心するが、頭をがしりと掴んで怒りに染まった瞳を覗き込んだ。


「文句があるなら、全部僕に言え。ロザリアは僕の願いを叶えてくれただけだ。あんたたちのような外野にとやかく言われる筋合いはない」


「外野だと……!下級冒険者の分際で!」


 喋っている間に体力が戻ったのか、男が立ち上がろうとする。

 それを何とか抑え込んでいると、カツンッと硬い足音が背後から聞こえた。


■■■■■


 思わず振り返ると、そこにいたのは腕を組んだロザリアだった。

 ルカがやらかした現場はしっかり見られていて、どう言っても加害者が男たちには見えないだろう。


「ロザリアさん……!」


「あっ!ちょっと!待てって!」


 何とか体を抑えつけていた男が、ルカの腕を跳ね除けて立ち上がる。


 その表情は浮かれきった恋する男のものだった。


「こんな役立たずよりも俺と契約を交わしませんか?きっと役に立ちますから!」


 ルカに向けていた恨みを隠して、ロザリアに言い寄る姿はどう考えても不信感しかない。

 恋愛というか、愛というものはここまで人を変えてしまうものなのか。

 性別関係なく、周りのものを蹴落として進もうとするその様は異様に思えた。


 額をぶつけた拍子に垂れた血をそのままに、男はロザリアに自分がどれだけ素晴らしいかを熱弁している。

 その内容は、ルカを下げるだけ下げるという古典的な手法だ。

 比較対象が自分よりも弱い相手なら、そいつを蹴落とした方が早いし確実だろう。

 実に合理的だ、なんて考えながらルカは呆れた目で男を見ていた。


「どうですか?俺の方があなたの役に立つでしょう?ロザリアさんのためなら、この命だって惜しくありません!」


 男が軽やかに言い放ったのを聞いて、ロザリアが初めて動いた。

 組んでいた腕を緩やかに解いたと思ったら、そのまま地面を指差した。


「命が惜しくない……?だったら、今ここで死んでくれる?」


「えっ……?」


「私のためなら死ねるのでしょう?あなたがここからいなくなることが私の役に立つ。だから、死ねと言った。何かおかしい?」


 疑問形で告げられた言葉だが、反論は許さないという圧を感じる。

 真正面からそれを受けた男は動揺を隠しきれずに、ロザリアの圧に押されて後ずさった。


 後ずさったことに気付いた男は、さっと顔色を変えてロザリアに詰め寄った。

 さっきまでの犬が尻尾を振って近寄るような雰囲気ではない。

 怒りに身を任せて、相手を傷つけてしまおうという気配が強かった。


「上級冒険者だからと黙っていれば、あなたも俺たちをバカにしたいだけなんだな。死ねだって?何様のつもりだ!」


 ロザリアの胸ぐらを掴みかけた男は、その手が甲冑に掛かる前にぐるりと体が回転している。

 彼女の人並み外れた速度で放たれた体術で、足下からひっくり返されたのだ。


「あ、あれ……?」


「馬鹿にしたつもりはなかったのだけれど。あなたが無知だっただけね」


 何が起こったのか理解できていない男を、氷のように冷たい視線で見下ろすロザリア。

 その瞳は、一歩間違えれば命を奪ってしまいそうに思えるほど鋭いものだった。


 手足をばたつかせて起き上がろうとする男の胸を踏みつけ、ロザリアは凍えた目のまま見つめている。

 男はさあっと顔色を青くした。

 今になって、彼女の逆鱗に触れてしまったことに気がついたらしい。


「ご、ごめんなさい……生意気言いました。命だけは……!」


「命乞いが通用する段階だと思う?」


 妖艶にすら思える笑みを深めて、ロザリアは足に力を入れる。

 鳩尾へと置かれた足で呼吸が妨げられるのか、男は苦しげに呻いた。


「勘違いしているようだから、教えてあげるわ。魂の契りを交わした契約者は、血液を提供した主人の命令には絶対に逆らえない。わかる?主人の前では契約者に自由なんてないのよ」


「そ、それがどうしたと……」


「鈍いわね。あなたのような心根のやつと契約したところで、邪魔な駒が増えるだけ。捨てる手間すらもったいない。そんな無駄な作業を私にさせるつもりだったのかしら」


 丁寧な口調で語られる、強い拒絶と怒りの感情。

 静かに燃え盛る炎を垣間見た。


■■■■■


 男から足をどかしたロザリアは、路地の奥を指し示した。


「今から10秒以内に私の目の前から消えなさい。でなければ、この先冒険者として活動できなくさせる」


「そんなこと……できるわけがない!」


「私にできないかは試してみればわかるわ。あと5秒」


 無表情でカウントダウンするロザリアに、男は悪態もつかずに姿を消した。

 仲間と思わしき倒れた男たちは残されたままだった。


「自分がけしかけた仲間くらい回収できないとはね。冒険者の質も落ちたものだわ」


 腰に手を当ててため息を吐いているロザリアを横目に、ルカはそっと足音を立てないように移動していた。

 どういう理由かはわからないが、彼女はものすごく怒っている。

 そんな人にまともに付き合うだけ無駄だと知っていた。


 そろりそろりと一歩ずつ離れていくと、突然足が動かなくなった。

 驚いた一瞬で、今度は上半身も動かなくなる。

 自分自身が石像にでもなった気分で、不自然に足を広げた体勢で固まっていた。


「逃げていいとは言ってないわよ。今の状況の説明をしてもらうわ」


「んー!!」


「声まで封じていたか……これで喋れるわよ」


 ロザリアが腕を一振りすると、くっついて離れる気配もなかった口が開いた。


「ちょっと待って!話す!話すから、せめて普通の体勢に戻させてください!」


「あら?面白くていいじゃない」


「こっちが大変なんだよ!」


 本音がそのまま口をつくと、ロザリアは笑って腕を軽く振る。

 途端に体が動くようになって、尻餅をついた。


「選ばせてあげるわ。自分の意思で話すか、命令を使って暴露させられるか。好きな方を選んで?」


「……2つあるように見せかけて、本当は1つしかないじゃないですか」


 はあとため息を吐くと、くすくすと彼女が笑っている。

 からかわれているとわかって、意地を通すのも面倒に思えた。

 勢いよく立ち上がったルカは、勝手に決めた目標以外の出来事を洗いざらい喋っていた。

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