第4話 僕の目標
生きてさえいれば、なんだってできると思っている。
楽しいことも、復讐も。
つい先日発生した魔物討伐での絶体絶命の状況を乗り越えるために、上級冒険者のロザリアと契約魔法を交わした。
手を貸してもらう対価に、自分自身を差し出した。
そういう経緯から、ルカの主人とも言える関係になったロザリアに付き従うことが多くなった。
「ルカ。もっと近くを歩きなさい」
「いや……でも、変な視線が……」
ロザリアに怒られたように言われるが、ルカは2歩分は距離を取って歩いていた。
同族同士の捕食によって進化したスライムをたった1人で討伐したロザリアは、ただでさえ有名だったその名をさらに広めることになった。
それと同時に、別の噂も。
『孤高の黒薔薇姫』という呼び名からわかるように、彼女は誰ともつるまない。
たった1人で魔物に立ち向かっても、無傷で帰還するだけの実力と能力を持った上級冒険者。
関係を持ちたい、あわよくば付き合いたいなんて下心のある男性冒険者は多い。
しかし、誰も手を出さないのはそれまでの確かな実績があるからだった。
ロザリアに手を出した男は、ただ1人の例外もなく、半殺しの目に遭っている。
噂でも誇張でもなく、ルカはその現場に何度も遭遇している。
誰のものにもならない麗しき黒薔薇姫。
それがロザリアだったのに、今はその近くに余計なものがくっついている。
その余計なものこそ、魂の契りを交わしてしまったルカだった。
彼女と外を歩くたびに、主に男からの射殺すような視線を感じるようになった。
■■■■■
「ルカは外で待ってなさい」
「はい……あの、すぐ戻ってきてくださいね!」
冒険者たちの所属団体であるギルドが入った建物の外で、ロザリアと別れた。
なんでも、先日の進化したスライムの討伐についてギルドから説明を求められているらしい。
目撃者は多かったが、そのほとんどは下級冒険者。
現場説明の信憑性と、実際に倒したロザリアに白羽の矢が立つのは当然のことだった。
「どうしたのよ。独りで留守番もできないの?」
「なっ!そんなんじゃなくて!……ロザリアは自分が周りからどう見られているのか知ってる!?」
目を丸くした彼女に、付け狙う男たちがいることを簡単に話せば笑って否定された。
「私がどれだけ男共を返り討ちにしてきたと思っているのよ。手を出すような奇特なやつがいるなら会ってみたいわ」
朗らかに言い放ったロザリアは、無常にも建物の中へと消えていった。
ロザリアが消えた途端、突き刺さる視線に殺気が混じる。
「この場合、手を出されるのは僕なんだよ……!」
どうしてわからないんだ!とは言えなかった。
麗しい黒薔薇に寄り付いた虫、とでも言えば通じるだろうか。
ルカはまさにそのお邪魔虫であり、彼女に近付きたいと思っているやつらからすれば、殺したいほど憎まれていてもおかしくない。
ため息を吐いて、とぼとぼと歩き出す。
あんな恋愛感情に鈍い女性でも、契約しているルカの主人だ。
体も魂も、対価に全部差し出した。
仲間を殺した魔物に復讐することだけは自由にさせてもらえる約束だが、それ以外は主人のために動くのが求められていることだろう。
契約してから一月、ロザリアからの具体的な命令らしいものは受けたことがなかった。
魔物の討伐での後始末や、自宅の清掃のような命令とも呼べないものばかりだ。
てっきり、強力な魔物との戦闘で捨て駒にされるものだと思っていたから、あまりの緩さに拍子抜けだった。
「おい、止まれ」
ギルドから少し離れて、路地を一本中に入ったところで呼び止められた。
緩慢な動きで振り返ると、筋骨隆々でいかにも冒険者といった厳つい男たちが道を塞いでいた。
「お前……ロザリアさんの何なんだ?」
「見てわからないかな?」
「こちらが質問している。あまり舐めた真似をするなよ」
先頭に立っていた男が凄んできて、後ろにいた男たちがルカを中心に取り囲む。
左右と前後を挟まれて、どこにも逃げられない。
今までのルカだったら、すぐさま諦めて殴られていただろう。
自分を痛めつけるのは、もはや癖になっていた。
仲間殺しの過去を忘れないために。
見殺しにした自分を許さないために。
だから、スライムの討伐で一緒だったレンダーからは日常的にいじめられていたのだが、あの一件以来顔を見ていない。
ロザリアと契約してから、ルカ自身にも心境の変化があった。
「舐めた真似ってなんですか。口答えすることですか?」
「そういう態度のことだよ!」
左側に立っていた男が拳を振り上げて殴りかかってきた。
容赦なく頭を狙ってくるその悪辣さ。
それだけでも、この男たちがろくな人間ではないことがわかっていた。
いじめられて、傷つけられるのが当然だと思っていた。
でも、ロザリアの戦闘を間近で見て、考え方が変わった。
自分自身の弱さを認めることができてから、世界の見え方ががらりと変化したのだ。
仲間を見殺しにしたことは事実だし、過去は変えられない。
一生償うべきものだと思っている。
魔物に復讐したいと思っているが、それは許されたいからじゃない。
弔いだと思うし、自分自身のけじめとも言える。
死んでいった仲間を言い訳に使って、自分自身を傷つけて満足していたのだとわかって、自分が嫌いになった。
それを自覚したからには、変わらなければならないと思った。
殴りかかった男の拳が血まみれになった。
対して、殴られたルカはピンピンしている。
痛みに呻いた男が体勢を変えたのを見逃さず、手が届く位置にまで来た頭を掴んで地面に叩きつけた。
「なにしやがる!!」
男たちの仲間が叫んで、今度は短剣や棍棒といった武器を手に迫ってくる。
前後から繰り出される攻撃を避けながら、ルカは注意が散漫になっていた足を引っ掛けて転ばせた。
急に崩れた体のバランスは、予想していなければ立て直すことは難しい。
「おいっ!そこを退け!!」
「お前こそ……!」
短剣を持った男と、棍棒を構えていた男が正面からぶつかる。
ゴチンッと額同士がぶつかりあった音が響いて、2人の男がずるずると地面に倒れていった。
■■■■■
変わると決めてから、何をすればいいのか考えた。
そこで、一番手っ取り早いことを思いついた。
『主人であるロザリアを守る』
ロザリア本人はそんなことをこれっぽっちも望まないだろうとわかった上で、ルカはこれを目標にすることにした。
『守る』という行為は様々な技術が求められる。
単純な力の強さや感情のコントロールに加えて、先を見通す知性や柔軟な発想など。
死にたい、傷つけられたい、と思っていた頃では考えつかないような思考回路はとにかく新鮮だった。
魂の契りで契約している以上、主人の命令には従わなければならない。
こんなことをしているとわかれば、やめさせられるのは目に見えている。
だから、この目標はロザリアにバレてはいけないのだ。
「残りはあんた1人だけど……どうする?」
どれほど筋肉がついていても、力が強くても、やりようによっては弱い人間だって勝てる。
防御魔法と治癒魔法しか使えないことも、油断させるにはいい材料になる。
無傷のルカが1歩近付けば、目の前の男は剣を振り上げて襲いかかってきた。
「死ねっ!」
肩から胸に向かって振り下ろされた剣で、ルカは血まみれになるはずだった。
「なっ!なんだこれは!!」
「残念。硬いだろ?」
人間の体が刃を跳ね返すことなどできはしない。
しかし、それは魔法が使えなければの話だ。
生き残ることを最優先に修行してきたルカの防御魔法は、いつの間にかとんでもないものに成長していた。
魔物に襲われても傷つかない。
高所から落ちても無傷。
あらゆる傷を否定するルカの防御魔法の前では、ただの冒険者の男の剣など木の棒と同じようなものだった。
「くそっ!なんで斬れないっ!」
「諦めた方がいいと思うけど……じゃあ、こっちから反撃させてもらうな」
何度刃を押し付けられようと、服の繊維すら斬れない。
だんだんと焦り始めた男の剣を掴み上げて、ぽいっと放り投げた。
「一発で気絶させるから安心してくれ」
「やめ……!」
ゴンッと音を立てて男が地面にうつ伏せに倒れ込む。
静かになった路地を一瞥して、ルカは満足げに頷いたのだった。
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