第3話 上級冒険者
同族同士の捕食によって進化したスライムの大群。
運悪く取り残されていたのは下級冒険者数十人と、中級3人、上級1人という絶体絶命な状況だった。
スライムの狙いは冒険者の肉体。
急激に進化したことによって不足したエネルギーを補うために、魔力も持ち合わせている冒険者はさぞかし美味そうな餌に見えたことだろう。
次々と粘性のスライムに飲み込まれていく冒険者たちを助けるため、ルカはただ1人の上級冒険者だったロザリアと契約した。
この状況の打開を願い、対価としてルカは体を捧げた。
契約者の血を飲むことによって成立する『魂の契り』によって、ロザリアはルカの主人になった。
全ての冒険者の中で上位20人が上級冒険者に登録されている。
中級まではお金と時間があればなんとかなるが、そこから先は別次元。
本当の実力者しか名乗れない称号こそが『上級冒険者』であった。
「すごい……!あれだけの数を一撃で……」
ロザリアは剣士として活躍していたが、魔力コントロールもトップクラスと聞いたことがあった。
強いやつはなんでもできるんだな、と卑屈になったからよく覚えている。
しかし、目の前で繰り広げられる戦闘は、そんな卑屈さとは無縁の美しさすら感じるようだった。
細身の剣にまとわせた魔力を増幅させて、魔力の斬撃を縦横無尽に飛ばす。
当てずっぽうに飛ばしているわけではない。
的確にスライムの核だけを斬るように調整された威力と速度。
スライムの討伐任務の後始末を数え切れないほどこなしてきたから、よくわかる。
あれは才能だけではどうにもならない。
舞うように剣を振るうロザリアが、どれだけの時間を費やし、試行錯誤と努力を重ねてきたのかがわかってしまった。
「ははっ……なんだ。やっぱり僕が間違っていたのか……」
強くなるために努力したと思っていた。
お金を使えば、時間を使えば、仲間を集めれば、何とかなると思い込んで。
その果てが『仲間殺し』の汚名なら、世間の方が正しかった。
僕は間違えた。
取るべき選択を誤り、無謀を勇気と勘違いして、仲間を死なせる。
どうしようもない馬鹿は僕自身だったのだと、やっと認めることができた。
■■■■■
上級冒険者の圧倒的な戦闘に魅入っていると、影がルカにできたことに気がついた。
咄嗟に顔を上げた瞬間、地面に押し倒されて首を絞められた。
「お前のせいだ……!お前のせいで俺様がこんな目に遭ったんだ!責任を取れ!!」
スライムの粘液を体にまとわりつかせたまま、ルカの首を絞めているのはレンダーだった。
3人だけ残っていた中級冒険者のうちの1人。
だけど、こいつに関しては中級の実力があるかどうかも怪しい。
現に、スライムの粘液まみれになっているということは、ろくな抵抗もできずに飲み込まれたことの証に過ぎない。
頭の中で妙に冷静な分析をしてしまい、ルカは思わず笑ってしまった。
すると、それまでよりも強く首に力がかかった。
「なにを笑っているんだ!お前らのような下級冒険者がしくじったから、スライムが出てきたんだろう!?その責任を取るのは当たり前のことだ!」
言い分だけは一理あると思った。
確かに、後始末をしていた下級冒険者の誰かがスライムの核の切り離しに失敗したから、こうして進化したスライムの群れに襲われた。
その責任を取れるならそうしたいが、なぜだか今は素直に従う気になれなかった。
首を絞められて息もできないくせに。
声だってろくに出せないのに。
首にかかった腕に添えた右手の甲にある黒い薔薇の痣が目に入ると、どういうわけか何でもできる気がする。
ボキッと何かが折れる音がした。
「抵抗できるならやってみろ……痛い!やめろ!手を離せ!!」
右手でレンダーの腕を掴んで力を込める。
普段よりも体が軽くて、力がうまく伝わっているような気がした。
そのまま上半身を起こしていくと、僕の首を絞めていたはずのレンダーが怯えた目で見ていた。
掴んでいた腕を放り投げれば、体だけは大きかった彼が風船のように吹っ飛んでいく。
いつの間にか、呼吸は楽になっていた。
さっきまで首を絞められていたとは思えないほど、体から力が湧いてくる。
肺いっぱいに空気を吸い込めば、全身の細胞まで行き渡るような感覚があった。
「なんだろうこれ……でも、いいか。気分も良いし」
頭も体もどこかふわふわと浮かんでいるようで、ここが戦場だと思えない。
散歩するような足取りで僕が吹っ飛ばしたレンダーの元へと行けば、彼は怯えた目に恐怖を映して後ずさる。
「く、来るな!!化け物!どこかへ行け!!」
「化け物?僕が?」
首を傾げると、レンダーはさらに逃げようと後ろに下がった。
けれど、たった一歩分。
すぐに距離を詰めると、ズボンの端を踏みつけて動けないようにした。
「ねえ、教えてくれよ。中級冒険者のレンダー様。僕のどこか化け物だって?」
瞳を覗き込むように質問すれば、ガタガタと震えながらレンダー自身の首元に手を持っていく。
「お、お前の首は折れているんだ……死んだはずだ!それなのに、起き上がって、動いて。化け物以外の何だって言うんだ!!」
「首が折れた?」
そっと自分の首元に手をやると、骨が不自然に浮き上がっていた。
「ああ……さっきの折れる音はこれだったのか」
「な、な、何を言っているんだ!首が折れれば人は死んでしまう……って……」
喚き散らしていたレンダーの声が尻すぼみになっていく。
それと比例するように、体の震え方が大きくなった。
「ん?何かあった?」
「どうして……首の骨が元に戻っているんだ!?」
「治癒魔法で治したから。骨が折れたのを治すくらい簡単だよ」
ニコリと微笑めば、見下ろしている男は泡を吹いて気を失ってしまった。
■■■■■
バタンッと後ろに倒れて、うんともすんとも言わなくなった。
「おい……おいってば!」
倒れたレンダーの体を揺さぶると、生きてはいるようでほっと息を吐く。
何に安心したのか自分でもよくわからないまま、地面に座り込んで今も続いているロザリアの戦闘を見ていた。
「今のはなんだったんだろう……」
ぽつりと呟いて、右手を前に伸ばす。
そうしたら、手の甲に浮かんでいる黒い薔薇の痣がはっきり見える。
「ロザリアと契約したから?」
何でもできるような万能感と、痛みを感じないふわふわとした酩酊感に近い感覚。
まるでお酒に酔ったようだと思ったが、そんなものは口にしていない。
顎に手を当てて悩んでいれば、ようやくスライムとの戦闘が終わったロザリアが歩み寄ってきた。
真っ黒で艶々と輝く長い髪も、よく手入れされた甲冑も、何もかもが戦闘が始まる前と同じ状態だった。
あれだけの激しい動きをしていながら、ロザリアは呼吸が少しも乱れていない。
どれだけの研鑽を積めばこうなるのかと、ルカは太陽を見てしまった時のように目を瞑った。
「スライムは全て討伐できたわ。核の回収は難しいと思うけど、後始末をお願いできる?」
「わかりました。飲み込まれていた冒険者たちは?」
「できるだけ傷つけないようにしたつもりよ。でも……何人かは助けられなかった」
悲痛な面持ちで顔を俯かせるロザリアに、ルカは立ち上がって頭を下げた。
「あなた1人に全てを背負わせてしまってすみません。この恩は、これから返していきます」
「期待させてもらうわ」
緩く微笑んだロザリアとすれ違うように走って、スライム討伐の後始末に向かう。
一瞬目が合った彼女は、何か言いたげな表情だったが口を開くことはなかった。
後始末を始める前に、冒険者の所属団体であるギルドへ連絡して、負傷者の救護をお願いしておいた。
こういった裏方の仕事も慣れたもので、てきぱきと手配してスライムの後始末を始める。
ルカが動いていると、比較的無事だった下級冒険者たちも手伝ってくれた。
改めてスライムの核を切り離し、魔法箱に収めきったところで応援の冒険者たちがやってきた。
彼らは現場の状態に言葉を失っていたが、ルカたちがあまりにも普通に動いていたからか何も言わずに救助活動をしている。
下級冒険者たちと協力して荷車に積んだ魔法箱を運んでいると、今までとは違う種類の視線を感じるようになった。
右側に集中している気もするが、ルカはあまり深く考えずにその場を後にした。
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