019. 事件は突然に…(1)

「あれ?おかしいな」

「ん?どうした、叶羽」

「んー、ペンケースが見つからない…」

「忘れて来たのか?」

「いや、教室異動で置いてきてしまったのかも…。見てくる」

「ああ」

 真太郎と話をしていて前の授業で使用した教室の中に忘れたことを思い出した。

 急いで取りに行こうと教室を出た。

 コンピュータ室だったから職員室へ行って鍵を借りてからいかないとならないから急いだ。


「やっぱりここに忘れていたんだな」

 ペンケースを取って少し安心した俺は独り言を言いながら口元が緩んだ。

 教室の鍵をかけ職員室に鍵を戻すことを考えて最短で行ける道を考えていた。

 空き教室の並ぶ廊下を誰かに見られないだろうと思って走った。

 その途中で聞き慣れた声が聞こえた。


「ねぇ、大丈夫?」

「大丈夫だよ。どうせ叶羽は気づいていないんじゃねぇか?」

「たぶん…、私と陸哉がこんなことをしているなんて思っていない。叶羽にとって私なんて“彼女”という名がついたただの友だちなんだから関係ないでしょ」

「そうか、そうだよな。あいつにとって友だちって言ったって知り合い程度だよ」

「そうね。デートはつまんないし、したって殆んど手もつながない。それだって義務的な感じだし…。キスして欲しいって思っていても私がいつも思ってるだけだもん。もう叶羽と一緒にいても楽しくない」

「じゃあさ、俺としようぜ!」

 近くに誰もいないと思っているのかかなり大きな声で話している。

 俺はスマホを録画状態にしていたが二人に気づかれないように窓枠にスマホを立てて二人がしっかり映るように置いた。


「陸哉はちゃんとデートしたりキスするのもO.K.?」

「俺は葵のことが好きだ!俺だったら叶羽みたいに葵を不安にさせたりなんかしないよ」

「じゃぁ、私たち付き合っちゃおう!私も叶羽より陸哉のことが好きになっちゃったんだ。だから嬉しい!」

 葵と陸哉は見つめあってキスを始めた。

 その行為を見ていて俺はイライラしてきた。黙ってスマホに葵と陸哉の行為を録画しておこうとと思っていたけれどこれ以上は我慢ができなかった。

 空き教室のドアを静かに開けて二人に近づこうとした。

 しかし葵の顔が俺の方を見ていた所為せいでキスを終え目を開けた瞬間に俺と目が合った。


「えっ?!何でここにいるの?叶羽!」

 葵が大きな声で俺に聞いた。

「なんで?じゃねぇだろ!お前ら何してんだよ。ここは学校内なんだぞ。それじゃなくてもふざけたこと言ってんじゃねぇよ!何が『じゃぁ、私たち付き合っちゃおう!』だ。お前らなんかもう友だちじゃねぇよ。勝手にやってろ」

 俺はスマホのことを忘れて空き教室を飛び出した。

 教室を出て階段のある方へ向かって歩き出した。

 廊下を走らないように早足でクラスの教室に向かった。


「やべぇぞ。叶羽捕まえて言い訳くらいしないと」

「そ、そうだね。早く追いかけなくちゃ」

「おう、行くぞ」

 葵と陸哉は慌てて叶羽を追いかけて教室を飛び出した。

 暫くした後に九玄坂くげんざか高校三年生の奥村おくむら花耶かやが空き教室の前を通った。


「あれっ?何でスマホがこんなところに?誰かの忘れ物、なわけないか。こんなところに置いて忘れるなんてないよね」

 花耶はスマホを忘れ物で届けようかと思ってスマホを持った。


「おい!待てよ、叶羽。俺と葵はそんなんじゃないんだよ。あれはただ葵の相談にのって話をしていただけなんだ」

「だったらあんなところで態々することじゃないだろ。普通に教室で話せばよかっただろ」

「俺はそう思ってたけど、葵が『誰にも聞かれたくない』って言うから人がいない所で相談を聞いていたんだ」

「言い訳なんかいらない!お前たちのしていたことが全てだろ。俺の前に顔を見せるな。俺ともう関わるなよ」

 俺は陸哉が腕を掴んでいるのを振り払って行こうと思って力強く自分の腕を引っ張った。


「なぁ、本当に俺と葵はただの友だちだからお前と葵が別れることないだろ?お前と葵が中二の頃からずっと付き合ってるのを知ってるんだし、俺だってお前と友だちだろ?友だちの彼女を態々取るわけない!」

「あー、もう言い訳なんてしなくていい。お前たちの会話は全部聞いていたからな。俺は葵と別れるつもりだ。だから俺のことなんて気にせずにどうぞ二人仲良く恋人になってください。陸哉、俺はお前とは絶交するから。じゃぁな」

 何度も何度も腕を掴まれたり離れるように口論しているところに葵も加わった。


「叶羽、私はあなたと別れるとは言ってない。もともと陸哉とも友だちでしょ?変な考えしないでよ!私は何も悪い事なんてしてないから」

 そう言いながら揉み合いになっていた。

 三人で口論していたらすぐ近くに階段があるなんてことは忘れていた。


「あっ、危ない!」

 誰かの声が響いた。

 俺は声のした方を見たが知らない顔だった。

 けれどその顔はどこか似た人を知っている気がした。俺はその人に一瞬気を取られてしまっていた。

 葵に押されたのか、俺が振り払った所為せいなのか、陸哉が強く引っ張ったからなのかは判らなかったが俺の腕が陸哉と葵から離れると、そのまま階段から転がり落ちた。

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