013. 叶羽、連休を楽しむ(?) 一日目

 勉強に夢中になりすぎて、気づけばカップに残っていたコーヒーは冷めていた。

 窓の外を見れば空は暗くなっていて、ホテルのイベントなのか庭がイルミネーションで輝いていた。

 スマホがバイブで震えていたことに気づき、画面を見ると姉ちゃんからの着信とRYMEライムのメールだらけだった。


(うわっ、やば。学校にいた状態のままだったからバイブだ)

『叶羽~、寝てたの?早く反応しなさいよ~』

「いや、ごめん。勉強に集中しすぎてて気が付かなかった」

『それよりも早く着替えて~。社長からスーツを預かったの』

「えっ?スーツ?!」

『うん!まあ、いいから~。部屋のドア開けて~』

「あ、うん」

 姉ちゃんの勢いに負け、俺は返事をしていた。


「ねぇちゃん、どうしてスーツ?制服でもいいんじゃ?」

「あ、それはダメ。今日はスーツで」

「えっ、だって俺高校生であって会社勤めしていないからスーツ着たことないし。そもそもが俺スーツに合わないよ」

「え~?そんなことないでしょ~。叶羽はあの人の子だし、スーツは似合うよ~」

 俺には聞こえないように小さな声で言っている部分があって姉ちゃんが何言っているか分からなかった。

 でも結局はスーツしか着る選択肢がなかったので仕方なくスーツを着ることにした。


「叶羽~、自分でネクタイできる~?」

「いや、できない…つうかスーツ初めてなんだからネクタイも初めてだよ」

「あっ、ネクタイは姉さんがしてあげるからそれ以外は自分で着てね~。靴はこっちの革靴で」

「わかった」

 綺麗に仕立てられたスーツと革靴を手渡された俺はベッドの上に並べた。


「何見てんだよ、姉ちゃん!」

「えっ?何って…アンタのは・だ・か~」

「そういう冗談いらないから。一回部屋から出てよ」

「叶羽ちゃんってば冷た~い」

「いいから。着替え終わるまで部屋出て待ってて!」

「あー、はいはい」

 ニヤニヤしながら姉ちゃんは部屋の外に出た。


「はぁ~」

 部屋から姉ちゃんが出ると溜息をき着替えをした。

 スーツを着た自分の姿を鏡に映して確認した。

 いつも見ている制服のブレザーではなくスーツなのが俺自身とても違和感があった。

 俺は渋々扉に向かい開けた。


「姉ちゃん…やっぱり俺には似合わないよ」

「…似合ってる、叶羽。かっこいい~」

 俺の姿を見て姉ちゃんは舞い上がっているようだ。


「姉ちゃん、それよりも俺のネクタイ!早くしてよ」

「あ~、ごめんね~。ちょっと見惚れてた~」

 姉ちゃんが何故こんなことを言うのか解らなかったが、思考が理解しきれていないので俺は納得することにした。

 姉ちゃんにスーツと一緒に渡されたネクタイを渡した。

 ネクタイを受け取ると姉ちゃんは俺の首に巻いて結んでくれた。

 鏡を見ながら姉ちゃんがネクタイを締めるのを眺めた。


「何~?どうしたの~?」

「ネクタイの締め方、俺も覚えた方がいいんだろ?」

「これはパーティー用の締め方だから。普段の締め方はもっと簡単で叶羽にも覚えられる方法があるの~。そっちを覚えて~」

 姉ちゃんが真剣な顔をして俺のネクタイを締めている。


「ほら、下向かないで~。綺麗に仕上がらなくなっちゃう~」

「あっ、ごめん」

 俺は下を向いた顔を上げてもう一度鏡越しに見た。


「はい~、完成」

 姉ちゃんは俺の肩をポンと叩いてニッコリ笑った。


「それじゃ~行こうか~。社長の部屋に行って一緒に行くから~」

「うん」

 姉ちゃんの部屋の正面が社長の部屋だった。

 姉ちゃんが扉の前に立ち、チャイムを押す。

 数秒すると扉が開き首にネクタイを掛けた状態で立っていた。


「俺のも頼む」

「は~い」

 社長は姉ちゃんと俺を部屋に招き入れた。

 部屋の中に入り、姉ちゃんは社長の前に立ちネクタイを締めた。

 俺は壁に寄りかかり、姉ちゃんが社長のネクタイを締めるのを見ていた。


「はい、できた~」

「サンキュー」

 姉ちゃんと目を合わせながら返事をした社長の一言が優しい声だった。


「それじゃ、行こう」

 社長に言われて部屋を出ると姉ちゃんは社長にエスコートされて歩き出し、俺はその後をついて歩いた。

 静かに歩いていくとパーティーホールに着いた。

 入口で社長がスーツの内ポケットから何かカードを出した。

 受付係はカードを確認すると会釈をした。

 社長と姉ちゃんと俺は中に入った。


「…姉ちゃん、これは何のパーティー?」

「実は…社長のお父様、五十嵐いがらし叶翔かなと様の誕生パーティーなの~。叶翔様は六十歳の還暦を迎えたから~」

「俺は関係ない、よね?なんで俺がパーティーに出席してるの?」

「そうだよね~。説明が必要だよね~。詳しいことはまた後で~。」

 でもこのパーティーには叶羽も出席しなければならないの~。だから私たちと一緒にいてね~」

 姉ちゃんは微笑んでいた。

 俺は静かに頷いた。

 社長は給仕係からシャンパンを受け取り、姉ちゃんに一つ渡した。


「叶羽くんはオレンジジュースでいいかな?」

「あ、はい。ありがとうございます」

 社長からオレンジジュースの入ったグラスを受け取った。

 俺はオレンジジュースを一口飲んで周りを見た。

 先程まで数人の人に囲まれていた男性が一人になったのを社長が見て姉ちゃんの肩を抱いて男性に近づいた。


「叶羽くん、こっちだ」

 社長に呼ばれて俺もその男性が立っている方へ歩いていった。


「父さん、誕生日おめでとう」

「あぁ、綾翔来てくれたのか。ありがとう」

 社長はプレゼントを渡しながら挨拶を交わしていた。


「それから…この子が叶羽です」

「ほぉー。例の…」

 俺には解らないように話をしていた。


「あちらの男性が社長のお父様だよ~。今回は六十歳の還暦だから~」

 姉ちゃんが俺だけに聞こえる小さな声で教えてくれた。

 俺の何に興味があるのかつぶさに見ていたので男性と目が合った。


「おっと失礼、初めまして。私はコイツの父親、五十嵐いがらし叶翔かなとと言います。よろしくね」

「は、はい。よろしくお願いします。オ、僕の名前は松井まつい叶羽とわと言います」

 挨拶をすると社長のお父さんからいろいろ質問された。

 社長に似た顔で優しく微笑まれた。

 話をしている中で俺の子どもの頃のことを多く聞かれた。

 社長のお父さんには俺の話は全く関係なく感じたけれど俺は何故か素直に話していた。

 暫く話をしていると秘書らしき男性が近づいた。


「叶翔様、ご歓談中失礼致します。お時間となりますのでご準備をお願いします」

「あぁ、もうそんな時間か…。綾叶すまんな、他の方々とも話をしないとならんのでな」

「仕方ないですよ。今日は父上が主役なんですから俺のことは気にせずに行ってください」

「美桜ちゃんもコイツに付き添ってくれてありがとう、これからもよろしく頼むよ」

「いいえ、いつも私にまでお心遣いいただきありがとうございます」

 姉ちゃんはお辞儀をした。

 俺も姉ちゃんと同じようにお辞儀をした。


「叶羽くん、君と会えて嬉しいよ。まだ話し足りないから日を改めて会いたいと思う。も交えて…ね」

「は、はい」

 社長のお父さんの視線は社長と姉ちゃんにあったみたいだけれど自分が返事をするのに精一杯で俺は気づかなかった。

 社長のお父さんはニッコリ笑った。

 少し不思議な感じがしながら社長のお父さんの姿を見ていた。


「それじゃ、私は行くよ」

「はい父さん、また」

 社長のお父さんは秘書だと思う男性に案内されて次のゲストのところへ向かった。


「美桜、調整を頼む」

「はい、かしこまりました」

 姉ちゃんと社長は納得するように話していた。

 社長は腕時計に目をやり時間を確認した。


「疲れただろう?用事は済んだし部屋に戻ろうか」

「そう、ですね。わかりました。叶羽~、部屋に戻るわよ~」

「うん」

 俺が返事をするとパーティーホールを出て歩き出した。

 エレベーターの前に立ってボタンを押した。

 静かに立っていた。

 俺も姉ちゃんに聞くこともできずに黙って社長と姉ちゃんの後ろについて歩いた。

 部屋の前に着くと姉ちゃんが俺の頭を撫でて意味あり気にニッコリと笑った。

 すぐ後に社長も俺の頭を撫でてきた。


「明日はチェックアウトするから~。あと一つ用事があるからそれが終わったらデートね~」

「デートって…、俺が姉ちゃん、と?」

「う~ん、そうそう」

 本気で言ってるのか、冗談で言っているのかわからなかった。


「美桜…叶羽くんのこの顔じゃ本気で受け取っているぞ」

 社長は額に手を当てて溜息をいた。


「えへへ。冗談でもないけど?だって明日の用事が済んだら休暇でしょ?」

「まぁそうだな。というわけで叶羽くん、明日は朝食を摂ったらチェックアウトするからね」

「はい、わかりました」

 俺は社長の言葉に返事した。

 姉ちゃんの言ったことは半分聞き流していた。

 姉ちゃんたちが見ている中で俺は部屋に入った。

 扉の前で社長と姉ちゃんは話すことがなかったけれど耳を澄ませば、カーペットの上を歩く音が聞こえすぐ後には部屋の扉の開閉の音がした。

 その音を聞いた俺はなんとなく安心してベッドへ腰かけた。

 ネクタイを外してシャツのボタンを一つ、二つ外した。


「何故社長のお父さんは俺に興味を持ったんだ?」

 部屋の中で天井を見つめ考えた。

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