012. ホテルでの楽しみ(?!)
校舎を出ると俺は走り出した。校門までくれば葵も追いつけないだろうと思って振り返った。
昇降口の辺りを見ると葵の姿はなかったので俺は少し安心した。
前に向き直り、俺はゆっくり歩き出した。
校門を出ると姉ちゃんが勤務している会社の方向に行く道の脇に黒いヴェルファイアが停車していた。
運転席と助手席に乗っている人を見たら社長と姉ちゃんだった。
「は~い、叶羽~。待ちきれなくて迎えに来ちゃった~。乗って、乗って~」
助手席側の窓が開いて陽気な姉ちゃんの声が聞こえた。
姉ちゃんの言葉に俺は頷いて後部座席に乗り込んだ。
俺が車に乗ると車が動き出した。
窓の外を見ると校門の前に葵が立っていた。
車の窓にサンシェードを下ろしていると俺と葵の目が合った。
「あっ」
葵は追いかけようとするような動作をして見せたが車だったことに気がついて、断念したようだ。
たった一秒か二秒のすれ違いで葵はものすごく哀しそうに見つめていた。
「ん~?何、あの校門のところに立っていた子~。こっちの方をじーっとみてたけど、叶羽~知り合い~?」
「あぁ、一応クラスメイト。中学校から一緒」
「なーんか叶羽くん冷たぁ~い。あの子と何かあったの?」
「いや、別に…。何かあったってわけじゃないけどちょっと、ね」
俺としてはあまり葵のことに話を触れて欲しくはなかった。
「そっか、そっか~。叶羽ちゃんも悩める思春期なのね~。まぁ相談してくれるんだったらしっかり相談のるよ?」
ニッコリ笑って姉ちゃんが納得したというように少し大袈裟に首を縦に振っていた。
「これからちょっと仕事の話があるから~、叶羽だけ先に予約したホテルへ行っててほしいんだ~。夕食は一緒にしてね。その時間までには戻る~」
「う~ん、それじゃ部屋で課題やっておきたいからコンビニ寄って欲しいです。いいですか?」
「O.K.了解」
何となく会社社長っていう肩書きがあるからなのかやっぱり俺も緊張する。あの緩んだ話し方をする姉ちゃんが一緒にいても緊張感はなくならない。
俺が社長と呼んでいるこの人は
三十五歳という若さで会社を任されている。
姉ちゃんは大学を卒業してこの会社に入社した時から秘書課に配属されて社長秘書として働いている。
ずっと俺を育てながら仕事をしていたから社長はかなり便宜を図ってくれていたみたいで社長秘書だというのに残業もなく出張は平日は日帰りで土曜日に宿泊する距離の出張だった。
俺も姉ちゃんと一緒に連れられて週末の出張に行った。
しかも俺の宿泊費は社長の自費らしい。
そんな風に社長といつも顔を合わせているのにやっぱり緊張している。
いつ見ても社長のオーラがあるというか
社長と一緒にいても社長自身が寡黙な人で話しても必要最低限の一言、二言のみ。
だからあまり社長の声が記憶に残っていなかった。
そういう印象が俺にとってのマイナスイメージとなっていたのかもしれない。
「コンビニ、この店でいいかい?」
「あっ、ありがとうございます。ちょっと行ってきます」
「行ってら~」
なんとなく寝惚けた感じの姉ちゃんの声で少しテンションが下がった。
店に入るとノートとシャープペンの芯を探した。
それらを見つけ手に取り、微糖のコーヒーとお茶を選びレジへと足を運んだ。
「袋はどうなさいますか?」
「いらないです」
「ありがとうございます、七百十八円になります」
スマホを出しコンビニの支払いアプリから支払った。
購入した物を手に取って店を出た。
「これは社長、こっちは姉ちゃんに…」
「ん?叶羽くん、君の分は?」
「俺の分はこの後ホテルだし部屋に居ればお茶があるしそれ以外でほしかったらルームサービスで頼みます」
「そうか、それじゃこれはいただくよ」
「はい」
俺は頷いた。
ホテルに着くとすぐに姉ちゃんがチェックインをしていた。
姉ちゃんはやっぱり社長秘書だ。しっかり仕事をしている。
「はい、これ~。叶羽の部屋のカードキーだよ~。姉さんは隣だからね~」
「うん、ありがとう」
姉ちゃんからカードキーを受け取り荷物を持ち直した。
「それじゃ~、姉さんは社長と仕事してくるから~。部屋でいい子にして待っているんだよ~」
「いや、姉ちゃんてばいつまで俺を子ども扱いするんだよ。もう俺だって大人だ」
「はいはい、わかった」
エレベーターホールまで行くと、姉ちゃんが上矢印のボタンを押した。
数秒の沈黙の中、チーンという音が鳴りエレベーターの扉が開いた。
「叶羽~、仕事終わったら連絡するから一緒に食事しようね~。それじゃ、行ってきま~す」
ニッコニコの笑顔で言う姉ちゃんに少し違和感があった。
もしかしたら仕事のことじゃなくてその後に用意していることを考えているのでは?と思った。
「気を付けて行ってらっしゃい」
エレベーターに乗り込み姉ちゃんと社長に手を振った。
姉ちゃんが手を振り返してくれた。
社長は手を挙げてニコリと笑った。
エレベーターの扉が閉まると俺は三十階のボタンを押した。
エレベーターが静かに動き出した。
「社長が笑った顔、初めて見た?」
エレベーターに乗ったのは俺、ただ一人だったから声に出して呟いていた。
俺は姉ちゃんと違って社長とは毎日のように会っていないからはっきりしたことは言えなかった。
それでも俺の記憶にある社長の顔は無表情というか仕事をしている真面目な顔ばかりだった。
考え事をしていたらエレベーター内に機械音が聞こえてハッと我に返った。
俺は扉が開いたのを確認しておりた。
部屋番号を確認しながら部屋のある方に歩いた。
案内板を見ながら進んで部屋の前まで来た。
二・三度部屋番号と扉の番号を見直してカードキーをかざし扉を開けた。
部屋の中に入り、照明を点けた。
ドサッと床に荷物を置き、先ほどコンビニで買ったものとスマホをテーブルの上に置いた。
ベッドの上にゴロンと寝転んだ。
「はぁ~」制服のままで寝るとシワになってしまうのが解っているけれど姉ちゃんにも社長にも見られることなくダラけることができて少し嬉しかった。
ベッドの上で大きく伸びをして起き上がり着替えた。
学校の鞄から問題集と筆記用具を取り出し、マグカップを持ちスティックコーヒーを入れお湯を注いだ。
椅子に座ると俺は一口コーヒーを飲んだ。
ノートを広げ問題集の問題を書き写す。
誰にも邪魔されずに勉強に意識が向けることができたおかげで予想以上に進んだ。
俺は時間を忘れて没頭した。
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