#04 審判の日
その日は快晴だった。
何の因果か、高麗朱里に告白したあの日のような青い空だ。
寝起きに洗面所で見た僕の顔は、目の下にクマができてるし頬もむくんでいる。
昨日の夜の状態からは3割ぐらい魅力が削れているように見えた。
自分なりに頭をワックスでセットしようとしたが、納得のいく感じにはならなかった。
用意した一張羅もなんか、昨日より似合って無い気がする。
「やっぱり地味眼鏡君は、地味眼鏡だったわwww」なんて、しょうもない女に半笑いで言われる未来が、手に取るように想像できた。
そんな悪口に対抗するように、僕はメガネを外す。
メガネをはずしたら思いのほかカッコいい男子が――出てくるわけもなく。元々この眼鏡は伊達で、ただ顔を隠すだけの役割しかないのだ。
いやでも、腐っても彼女とは長い付き合いなのだ。
身の上を包み隠さず話してきた友人であることには変わりないので、さすがにそんなひどいことは言ってこない……よな?
しかし、彼女の性格が一般の女性よりも良いとは思っていない。
気遣いなどは期待できそうもない。
かといって、半端なレベルでは馬鹿にされる未来は避けられない。
散々迷って、普段顔を隠している前髪をあげてやる。
ちょっとは見れるようになった気がする。
それからしばらく鏡の前で粘っては見たが、大した成果にはつながらなかった。
「いっそうおっさんたれ……」
半ば、今日の待ち合わせ場所におっさんが来てくれることを祈りながら、朝の身支度を終わりにして家を出た。
電車で移動中、窓の外の景色を眺めながら、なんて現実味が無いんだろうなと思った。
これから女と会うかもしれない。それなのになんだこの、わくわくのしなささは。
ああ、こんなことならもっとシュプさんに優しくして、
普通のお友達ポジションに落ち着けるように努力すべきだった。
悪ふざけがすぎて、それでも関係を維持してくれていた彼女に、僕は心底甘えていたのだろう。
僕にとっての彼女がそうであるように、彼女にとって僕は優しい男でもなんでもない。
散々悪口も言ってきたクズだ。
そんな野郎といざオフで会いに来てみれば、見た目がいいわけでもない男が現れる。
さぞ今までの所業に腹が立ってしまうことだろう。
完全な陰キャが、あがいて背伸びしているのが今窓ガラスに映っている僕だ。
今思えばこんな男と何年も話相手になってくれたシュプさんは、とても良い人だった。
そんな彼女を、今日失うかもしれない。
彼女の見た目がどうとかではない。心底それが怖くなってきた。
待ち合わせは改札を出てすぐ、中央に時計塔のようなものが建っている場所だった。
30分も早くついてしまった。
まわりにはバッチリおしゃれしている同年代の男女たちが、自身のスマフォを見ながらそわそわしている。
待ち合わせに来た相手に、笑顔で合流して「どこ行くー?」なんてやり取りをしながらその場を離れていく人が多数。
正直、うらやましいと思った。
彼らは純粋に今日という日を楽しみにしていたのだ。
それに比べて僕はどうだろう。
今日初めて会うネット友達から、
ただマウントを取りたいがために高い服を身にまとい、美容院にまで行ってきた。
なんと不純なことか。
あまつさえ、僕が委縮しない程度のブサイクが来てもいいとさえ考えていた。
数時間前の自分の顔を殴りつけてやりたい。
唯一無二の友人に、それはどんな失礼な人間なのだろう。
ここに来てようやく、僕は自分がどれだけ不誠実だったかに気づいた。
「……もう色々考えるのはよそう」
せめていい人間に見られるように、今日は無難に過ごそうと思った。
誰が来ても、5年来の親友として暖かく迎えようじゃないか。
『どこにおるの?』
事前に交換していた連絡先からそんなショートメッセージが送られてくる。
ついに来たかと思った。
きょろきょろとまわりを見るが、人が多すぎて誰が誰かわっからん。
『時計台みたいなのの正面におる。白のパーカーみたいな奴おらん?』
メッセージを書き込みをしている最中も、スマフォを握る手が震えていた。
友人とはいえ、
これからも対等でいたい相手だ。
そのバランスが、今日崩れるかもしれない。
そうなれば僕は、たぶん明日から一人ぼっちだ。
心底怖かった。
友人のいない日々に、僕は耐えられるだろうか。
『おったわwwww』
どうやら先に見つけられたらしい。
こちらに近づいてくる誰かの気配を感じた。
僕はというと怖くてすぐには顔を上げられなかった。
うつむいている僕の視界に、彼女の靴だけが写り込んだ。
女物のブーツだ。
恐る恐る顔をあげると、そこに立っていたのは――
「え……?」
唖然とした。
見覚えのある顔だった。
懐かしいとかじゃなくて、普段からいつも目にするよく知った顔だ。
それが今、すぐそばまで迫ってきている。
シンプルで色鮮やかな赤いドレスのような服がまず飛び込んできて面を食らった。
上下が一体化しており、まるでワンピースのように見えるが、子供っぽくはない。まるでその場所に花が咲いたような華やかさがある。足元は黒いレギンスとブーツで、服装のセンスだけ見ても想定を遥かに上回ってきていた。
「うわぁ、よかったぁ」
そして心底安心したように笑いかけてくる彼女の顔は――あれ?
記憶にあるのと同じように無邪気な少女のような――おかしいな、幻覚でも見ているのだろうか?
いつもより眉が整っていて、肌も潤っている。
気合の入ったメイクだけど、普段とはそれほど遜色がないので見間違いようがない。
高麗朱理――?
高麗朱理が目の前にいる。
彼女に瓜二つの妹なんて可能性も考えたが、それもありえ無い。
ずーっと彼女をそばで観察してきた僕にはわかる。
どう見ても高麗朱理本人だった。
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