#03 行動力の無駄遣い
自慢にもならないことだが、僕は自分の容姿にコンプレックスがある。
自分の顔を風呂場の鏡で見るたびに、こんな奴と友達になる人間は本当に不幸だなと自嘲気味に思ってしまうぐらいだ。
自分の顔に、これっぽっちの自信も無いのだ。
もちろん生まれてこの方、女子にモテたことは無い。
異性相手に外で遊んだことすら皆無だ。
さて、そんな僕には、いざというときに相談できる相手が――シュプさん以外にはいない……。
僕の友達、ネットにいるシュプさんだけだったわ。あはは……。
普段なら何か困ったことがあったとき、まずはシュプさんに相談していた。
不良どものあしらい方とか、体育の授業でペアを強要されたときのクレバーな立ち回りとか。
しかし今回はそんな手段はとれない、
なにせシュプさんから直々のオフ会のお誘いだ。
誘われたのは金曜の夜。
そして今日は土曜日。
会う日に指定してきたのは日曜日。
ちょっと急展開過ぎないか?
『なに? ビビってんの? まあそうだよね、地味なみなもっちゃんじゃびびっちゃうよね!?』
奴の最新のメッセージが、ロンコミの個人チャット履歴から確認できる。
小学生が書いたような、挑発的な文章だ。
普段ならナニクソと言い返しているだろう。
しかし、今回はそうもいかない。
シュプさん、あんたはわかっていないよ。
僕がどれほどの陰キャで不細工で、どれほどの情けない人間なのか。
そりゃあ、シュプさんは僕の赤裸々な陰キャエピソードを面白がって聞いてくれてたけど、
実際に本気にしてはいないのだろう?
ある程度誇張されてるとか思ってるんだろう?
まさか本当に学校には友達がひとりもいなくて、なんか不良っぽい連中におもちゃにされてて、
加えて普段から顔の上半分を前髪で隠しているようなひょろ男だとは、思っていないんだろう?
残念ながら僕が彼女に話してきたことにフィクションなんてものは存在しないのだ。
女の子のウケを狙って面白おかしくしゃべってきたわけじゃないのだ。
正直なところ、顔を合わせるのは億劫だ。できれば逃げたい。
だって最悪の場合、実際の僕を見たシュプさんが僕に幻滅し、僕の前から消えてしまう可能性だってあるのだ。
唯一の友人を失ってしまうのだ。
その恐怖は計り知れないものがある。
「いやまて……そもそもシュプさんが超絶ドブス女である可能性も無いわけではないんだ」
加齢臭漂うおっさんである可能性だってある。
現段階で、過剰に警戒するのはいかがなものか。
しかし、だ。
舐められたくない相手であることには変わりないのである。
数年間、彼女とはあーだこーだと
マウントを取ったり取られたりしてきた。
まあ若干マウントを取られる機会の方が多かったように思うが……。
とにかく、それでも彼女の弱みエピソードのいくつかは把握している。
実は未だにピーマンが苦手だとか、最近太ってきたとか、細かいことも色々知ってる。
実際に顔を合わせるギリギリまでは、僕とシュプさんの関係はイーブンである。
そのはずである。
であれば、審判の
『いいよ。逃げるなよ?』
一夜明けての今日、意を決し、僕はシュプさんの挑発的なメッセージにそう返事をした。
明日までにできる限りのことをしようと決意したのだった。
そうと決まればまずは情報収集だ。
ネットサーフィンを駆使して、僕は今日、男になる。
今の僕は一般の男子高校生の水準より致命的にダサいことは明らかだった。
今できることは二つ。
一つ、新しい服を用意する。
二つ、美容院に行く。
この二つをこなせば、見た目をある程度のレベルまで引き上げることが可能だろう。
面倒だが、ちゃんと下準備すれば一日ぐらいはダサい僕を脱却できるはずだ。
そうだ。
明日だけしのげばいいのだ。
奴の顔が悪ければ、それだけでマウントを取るネタになる。
弱みを見せれば、逆にマウントを取られるのは僕だ。
「あーあ、やっぱりモテなそうなひょろ男じゃん! そんなことだろうと思ったわwww」
頭の中で、たいして可愛くもない女が俺の顔を見てそんなことを
『綺麗なお姉さんが慰めてあげんよ』
奴の言葉が一瞬の売りをよぎった。
きれいなお姉さん? そんなわけないだろ!
しかし、今の僕には力が無い。たいして可愛くない女を指さして笑うぐらいの力が必要なのだ!
まだ顔もわからぬシュプさんを負かしてやりたいという気持ちが、フツフツと沸いてきた。
これは戦争だ。
妥協できない戦いなのだ。
午後となり、今日まで手付かずだった数年分のお年玉を握りしめて家を飛び出した。
向かったのは都心駅に隣接する高級百貨店だ。
ネットで調べたモテる男を作り上げるための人気ブランド店こそが目的地である。
「どんなものをお探しですか?」
入店早々、女性店員との些細な会話が恐ろしくて苦しい。
「明日、友達を遊ぶので……」
「デートですか?」
「違います」
戦争です。
「かかか、かっこいい感じにしたいです」
コミュニケーション障害の僕にはその要望を出すだけで精いっぱいだった。
結局店員さんが選んでくれたコーデ一式を購入した。しめて5万ぐらいになった。ゲーム機が買えるレベルだぞ。
「それで十分ですか? 次のデートのことも考えてお洋服はいくつか持っていただいたほうがいいですよ?」
「デートじゃないですってば」
僕はさっさと店を出た。
次にシュプさんと会う機会なんて永遠に訪れない可能性もあるのだから、一式で十分だ。
その後、予約していた美容院へと足を運んだ。
「お兄さん、初めてのご利用ですかぁ?」
頭を洗っている最中に、店員さんがしゃべりかけてきた。
やめてくれ、ウェットに富んだ会話なんて求めていないのだ。
「明日友達と出かけるので、なんかかっこいい感じでお願いします。あ、前髪はあんまり切らないでください」
「デートですか?」
「ちがいます」
しつこいよ!
伝えるべきことは伝え、僕は目をつむって寝たふりを決め込んだ。
数時間後、多少ましになった男が鏡の前に座っていた。
う、うーん……?
前髪の長さを活かした、ちょっとクールで知的な感じの出来栄え、のように見えなくもないか?
とはいえ、モテない男があがいた感は否めない。
「どうでしょう?」
「……い、いいんじゃないでしょうか」
終わってから良くないとは言えないだろ。
まあ素材が悪いしこんなもんだよな……。
帰宅後は鏡の前でまともに見えるアングルを模索した。
素材が悪いなりの涙ぐましい努力だ。
夕飯時、さりげなく一緒にご飯を食べていた姉の反応を伺った。
姉のほうにまともなアングルを意識しながら位置どりをすると、「首でも痛めたの?」なんて見当違いなことを言われた。
普段から弟の顔に興味なんて無いのか、僕の服や顔に言及することは一切なかった。
夜11時半、早めに寝床に入る。
審判の日まで10時間ほどだ。
たった一日の悪あがきだが、できる限りのことはやったと。
あとは、シュプさんがどう来るかだけである。
「見下されない程度のブサイクであれ……」
割と失礼なことを考えながら眠りについた。
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