#02 唯一であって最高ではない親友


 趣味はゲーム、アニメ、漫画全般と、がっつりオタクである。

 しかしそれを決してオープンにはしない。

 そういう趣味が恥ずかしいことだと、心の底では思っているからだ。

 そうやってひねくれた隠れオタクというやつは、クラスで堂々とオタク話に花を咲かせる連中に話しかけることすらできない。


 成績は中の下で、スポーツセンスなんてものは皆無。

 背も平均的で、かけてる眼鏡もダサい。

 ここまで揃うとまあ、周囲の評価も低く、扱いもいい加減になる。

 ふとした他人の関りで、そういう評価が如実に伝わってくるのは辛いところではある。


 しかし、絶望はしていない。

 他人に優しくされるとか、そういう期待を一切していない僕は、悲観になることもないのだ。


 学校に来たらぶっころばすとか、そういう無茶苦茶ないじめを受けてるわけでもないしな。

 そんなことよりも、こんなクソつまらない学校生活にさえ、楽しみを見出すことこそが重要だと、僕は考える。


「ねぇ見てよこれ、今月の新作。可愛くない?」


 何気ないその言葉に、心揺さぶられるようになったのはいつからだろう。

 入学式で彼女の姿を目にしたときからだったかもしれない。


 言動や仕草は、どこにでもいる女子高生のそれなのだが、そんな振る舞いでも絵になるくらい、彼女の容姿はことさら綺麗だ。

 脱色した茶色いサラサラの髪に、両耳に光るピアス。ピンクのネイル。

 世間一般的には彼女みたいな見た目の子はギャルなんて呼ばれるんだろうが、無邪気に友人と笑いあう彼女を見ていると、不思議と心が豊かになる気がした。


 僕はオタクだけど、三次元にはちゃんと興味があったみたいだ。

 それがこの高校に来て、彼女と出会ったことで自覚した。


「なにそれ?」

「スタバの季節限定だって、可愛いでしょ?」

「行きたいの?」

「うん」


 スマフォの画面を友達に見せている方の彼女は、先日僕が告白した子だ。

 高麗朱里こうりしゅり――僕のクラスメイト。

 普段の話し方はサバサバとしている。

「うざい」とか「だるい」とか、たまになにかに毒づいたりしてる一面があることも知っている。

 特別清楚ってわけでもない。

 でも――


「はあ、良いけど、あんまり何時間もは嫌だよ。放課後は塾もあるんだから」

「やったっ、しおりん大好き」

「はいはい……」


 はぁ、可愛い。

 キャッキャと友人にじゃれあう彼女の表情が、ふとした笑顔が、純粋無垢な少女のように愛らしい。嫌でも目に付く美しい容姿と合わせて、人を惹きつける魅力があるのだ。

 

 ああ、いいな。などと、彼女のことをじろじろ見ながら考えてしまう。

 自分がたぶん、相当キモイ奴なのは自覚している。

 でも許してほしい。

 あの子に迷惑をかけてるわけじゃない。


(いや、つい先日迷惑なことはしたか……)


 彼女の貴重な時間を奪ったのは、万死に値する所業だった。


 とにかく、単なるクラスメイト、なんて肩書におさまってくれるほど、彼女は僕にとってそんな都合のいい存在ではないのだ。

 学校にいる男子の誰もが彼女を知っているし、彼女とお近づきになりたいと考えているだろう。

 所詮僕は、ひそかに彼女に好意を寄せる有象無象の一人に過ぎない。


 長い前髪とマスク、眼鏡で顔の大半を隠している僕のことなど、きっと彼女の記憶にすらとどめておく価値すらない。

 僕が先日告白したということも、きっと彼女は覚えていない。


 彼女はとても身近な場所にいたけれど、

 陰気な僕とは住む世界がまるで違う女の子だった。


 そんな彼女への告白という機会が、あんな形で他人に消耗されてしまったのは

 残念、と思うべきなのだろうか?


 バカか。どうせ、正面から告白する勇気なんて初めから無かっただろ。 

 あんな機会が無ければ、そもそも彼女に告白なんてしなかったんだ。

 

 だぁあああやっぱりしたくなかった! 思い出すだけで悲鳴をあげたくなってしまう!


「はぁ……」


 でももう僕には、そうやって自問自答して気を紛らわせることしかできなかった。


 二つ前の席に座る高麗朱理を、視界のはしっこでとらえる。

 幸い僕の前髪は長い。

 癖のある髪質なので、カールのかかった前髪は生い茂った草むらのように僕の表情を隠している。


 眼鏡もうまく僕の目の方向をごまかしてくれる。

 本を読むふりをしながら彼女を視界に入れても、相手にはそれが伝わらないようだった。


 なるほど、うっとうしい前髪は、このためだけにあるのかもしれない。

 綺麗だな。かわいいな。

 ただそう思うぐらいなら、許されるだろ。

 他人の心など読めないのだから。


 今日も僕――平尾湊ひらおみなとは気配を殺して、高嶺の花を覗き見ているだけだ。







     ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



『キモwwwwwww』


 この爆笑を意味する文字の表現は、とても不愉快な文化だと僕は思う。

 たとえそこに人の音声がのって無くても、こうも不快感を抱かせるのだから。

 

『フラれたくせになんでじろじろ見てんのwww もうフラれたんでしょ?www』

『そのダブリュー、むかつくからやめてくれない?』


 そして人がへこんでいるときでも容赦のない言葉を浴びせられるのは友達のすることなのか?

 他に友達と呼べるような人がいたことがないので、よくわからない。


『しかも罰ゲームで玉砕ってやばくないw 入学当時から好きだったんでしょ?』


 シュプリンガーという名前が、その人物の頭の上に表示されている。

 通称シュプさんは、口元のひげを震わせながら小さく笑った。

 その見た目は人間ではない。洋服を着たウサギのような姿をした少女だった。

 さながらシルバニアファミリーのような見た目である……。


『せめてこの話題を続けるなら慰めてくれないかな』

『いやだww』


 これはすべてチャットのやり取りである。

 僕たちが言葉を交わしているのは、バーチャルの世界だ。

 ロンリー・コミュニケーション(通称ロンコミ)と呼ばれる、利用者一人一人が好きに自分のアバターを作り、着せ替えや部屋の模様替えなどを楽しんだり、ゲーム内施設を介して気軽に他者と交流を可能としている箱庭型の仮想空間コミュニティサービスの一種だ。


 ウサギの洋服を着た彼女は、ロンコミにおけるフレンドであり、僕の数年来の友人である。

 これほど見た目と内面が合わないアバターは他にいないんじゃないかと思うほど彼女の性格は破綻している。

 同い年で、一応女ってことになっているが、事実不明だ。

 とはいえ学校で友達と呼べるような人間がいない僕にとって、正真正銘唯一の友人だったりする。

 

『やっぱみなもっちゃんのコイバナ最高だよね。ちょっとキモくて、ざまぁってなるオチが最高だよ!』

『オチとか言うなよ』


 ちなみに僕のロンコミでのアバター名はまんまミナトである。

 彼女からは親しみを込めて「みなもっちゃん」と呼ばれている。


『でもなんでいじめっ子どもの言うことなんて聞いちゃったわけ? 無視すればよかったのに』

『他人事だからそんな風に言えるんだよ』

『陰キャらしい末路だね。いや、キツイわ。第三者から見ても痛すぎw』

『はあ!?』


 打ち込むキーボードにも力が入る。


『事情がある。あいつらに逆らうとロクなことにならないんだ。従うしかないんだよ』

『いいわけ乙』


 この野郎、と思わず歯を食いしばる。

 相手はネットの向こう側にいる顔も見たこともない、しかし中学に上がった頃からの付き合いの友人である。

 しかし、無遠慮な罵倒には素直にむかつくのだ。

 

『シュプさんなら俺の気持ちわかるだろ? 年中俺とゲームしてる陰キャ同志じゃないか』

『一緒にするなwww』


 イラ。

 ダブリューの綴りを見るだけでこめかみあたりが痛くなってきた。


『どうせそっちだって恋人の一人だってできたことない喪女だろ? 調子に乗るなよタコ!』


 こうなると売り言葉に買い言葉である。


『なにぃ? ひがんでんの? もてない男のひがみはよくないよ? あたしはこう見えてとっても綺麗で人気者なんだよ。今日だって三人くらいに告白されたしw』

『うそこけ。ネット上ならとでも言えるだろ。むしろこうやってネット上でも自分を偽らない潔さを褒めて欲しいね』

『はぁ? いや、私だって嘘じゃないし』


 引き続き「嘘つけこの野郎!」と思いながら文字をカタカタと打ち込む。


『恋人はいたことあるんですか? 無いですよね? そんな話、今まで一度も聞いたことありません』

『いたことは無いけど、人気者なんだよ。てか敬語、似合わないからやめてくんない?』

『シュプさんみたいななガサツな人がまともな人づきあいとか無理でしょ?』

『むりってなんだよ!』


 こうやってチャットでのやり取りで口喧嘩のようになるのもいつものことだ。

無論、本気になることは――まあごく稀にあるけど、僕らにとっては兄弟のじゃれあいのようなものである。


 僕にはストレスのはけ口が必要なのだ。

 ストレスをため込むなんてことはあってはならない。

 この女は僕のストレスの掃き溜めになってもらわないと。


 なんて最低なことを考えながら文字を打っていく。


『そもそも、シュプさんって女かどうかも疑わしいよね』


 正直なところ、これは本心である。


「ガサツだし、品性のカケラもない。好きなゲームもグロいのばっかりだし、好きな食べ物はホタルイカとかだし、好きな芸人はマツケンだし」

『松平健はかっこいいでしょうが』

『安心してよ、シュプさんがおっさんでも俺は驚かないし友達辞めたりしないから』

『むかつく』


 ウサギの少女がその場で地団駄を踏む。怒りを表現しているようだ。

 それきり彼女(仮)は黙り込んでしまった。

 さすがにブチ切れちゃっただろうか?


『怒った? もしかして図星だった? おっさんでも俺は気にしないよ?』

『ばかがよ!』


 短い捨て台詞を吐いて、シュプさんが目の前からいなくなった。

 どうやらログアウトしたらしい。


 ふん。罪悪感などはとくに沸かない。

 向こうだって、図星をつかれて怒っただけだろう。


 彼女も――女かどうかも疑わしいが――どうせ僕と同じ陰の者だ。そうでなければこんな低レベルな言い争いが続くわけが無いのだ。ほら、証明完了。


 口喧嘩で負かしてやった、ぐらいの満足感だった。

 どうせ数時間後には何食わぬ顔で顔を姿を見せに来るだろうと楽観していた。


「……ゲームでもしてよ」


 そのままロンコミを放置して、寝ころんだまま携帯ゲームで時間をつぶすことにした。

 しかし数時間後――


『そこまて言うなら、いい機会だし、会ってみようか』


 そんなダイレクトメールがゲーム内の郵便受けに届いた。

 すでにパソコンの画面から離れてスマフォをいじりはじめていた僕は、急な連絡に目を疑う。


『は?www』


 何を馬鹿なと、僕は返事を打つ。


『女にフラれて傷心してるんだろ? 綺麗なお姉さんが慰めてあげんよ』


 しかしそんな返事が、生い茂る前髪の隙間から見えたときは、


「こいつまじかよ……」


 思わずそう呟いていた。




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