恋愛弱者はラブコメなんかに夢をみる
人間二(仮)
#01 嘘から恋は始ま――
建物の老朽化によりすでに役目を終えた旧体育館は、渡り廊下が校舎とつながっている関係で取り壊されることなく敷地内に残っている。
そこはまさに陸の孤島だ。
旧体育館の扉は固く閉ざされており、よっぽどの目的が無ければ訪れるような人間はいない。
したがって人目を避ける場所としてはこの上ないスポットとなっている。
なぜそんな前置きをしたかといいますと、僕はこれからここでとある人物と落ち合うことになっている。
決して闇的な取引とか、犯罪的なことをしようと画策しているわけではない。
ある意味罪深いことなのかもしれないが……。
とはいえ、どうせ呼び出した相手はたぶんやってこない。
僕から呼び出しておいてなんだけど、むしろ来ないでほしいとさえ思っている。
だいたい今時、こんなデジタルの時代に手紙で呼び出しなんて、応じる方がどうかしている。
まあそもそも、僕なんかの呼び出しに、まさか彼女が応じてくれるなんてことは無いだろうという思惑もある。
ましてやこんな人気のない場所に、たった一人で現れることなんて無いだろう?
でもね。
一つ懸念はある。
僕は持っていないのだ。
あらゆる才能が無いのも否定はしないが、そんなものよりも欠いてはいけない、運というものが根こそぎ欠落している。
別に犬のクソを踏んだりとか、鳥の糞を頭に落とされるとかは……数回ぐらいしかないけど、あらゆる場面で起きてほしくないことが大抵実現してしまう。
だから考えるなよ僕。
相手が来るわけないなんて考えていると、本当に来てしまうだろ。
「来たよ」
ほら来たよ。
さすがだ僕。
思い通りにならない、持ってない男としての期待を裏切ってはくれない。
「……はは」
乾いた声が漏れた。
すっかり帰り支度を済ませた彼女が、艶やかな茶色い長髪をなびかせながら軽いノリで現れたのだ。
つぶらな瞳が、やっぱり可愛いなぁ。
今日は雲一つない快晴のせいか、窓際に立つ彼女は陽光の光にあてられて――
教室で見るよりも5割増しで綺麗に見える。
「君が呼び出した人?」
「あーー……えっと」
彼女が、僕の書いた手紙を突き出してくる。
どうせ来ないだろうとたかをくくっていたので、用意していた文言が喉の奥で詰まっていた。
待ち合わせにすら現れずにフラれた僕を笑い話にする彼らに、適当に付き合えば今日のイベントは終わりだったのに。
笑えない状況になってしまった。
懐にあるスマフォが、僕を急かすように震える。
ああ、わかってる。来てしまったのなら仕方がない。
僕はポケットに手を当て、自分が言うべき言葉を、絞り出すように口にした。
「す……好きです。ずっと好きでした。俺とつきあってください――」
言ってしまった。もう取り返しのつかない言葉だ。
息の根が止まりそうだった。
自分の心臓の音が鬱陶しいくらい五月蝿く聞こえる。
運動部の喧騒がはるか遠くから聞こえてくる。
向かい合っている女子は、少し背の低い僕を見下ろしながらきょとんとした顔をしていた。
僕とは不釣り合いなほどに、綺麗な人だ――
「えっとごめん、誰だっけ?」
僕のことを認識すらしていなかった!
ま、まあ……この展開も、ある程度は予想していたことだ。
ショックってことはない。たぶん……。
「……名乗るほどのものじゃないです」
「わぁ、そのセリフを生で言う人初めて見た」
彼女は、クスと笑う。
教室では見慣れた、無邪気な笑みだ。
そんな反応をされると勘違いしそうになる。
そんな表情を向けられる価値など、僕には無いのに。
もっと軽蔑的な目を向けられるか嫌悪されるものかと覚悟していたのだが、幸いそうはならなかったようだ。
「話はそれだけ?」
でもまあ、それがせめてもの救いというだけだったのだろう。
「はい……」
「そっか。ごめんねー今はだれかと付き合う気はないんだよね」
「だ、だよね」
んー?と彼女が顎に手を置いて考える。
「わざわざ呼び出しておいて、ずいぶんあっさり引き下がるじゃん」
「……」
返す言葉がない。
あっさり引き下がるのは、この告白というやつが僕の意思ではないのに加え、フラれて当たり前だと覚悟していたからだ。
無言になってしまった僕に、彼女は「まあいっか」とそっけなくつぶやいて、
「それじゃね」
僕に背を向ける。
とっさに呼び止めようと手を伸ばしたのは、それでも少しはショックを受けていたからなんだろうか。
実際は呼び止めるようなことはせず、立ち去っていく彼女の背中を、ただ眺めていた。
ああ、これで終わりだ。終わったのだ。何もかも……。
「どうだった?」
タイミングよく背後の物陰から現れたのは、見知った3人の男子生徒だった。
そいつらがいつの間にか僕のそばでニタニタ笑っている。
どうだった、だって? 結果はあきらかだろ。
ぶん殴るぞ?
すみませんうそです。ごめんなさい。
クラスメイトの池田と川上、浜崎の三人とは、二年に上がったときからあまり良い関係ではなかった。
「やっぱり振られちゃったよ」
ヘラヘラと笑う僕の答えに、彼らは満足げな顔をしていた。
「あはは、だよなぁ」
「地味眼鏡じゃ無理っしょ」
「名前すら覚えられてないの笑うわ」
川上がバチンと思い切り背中をぶっ叩いてきた。
じゃれあいにしては遠慮がない。
彼からは鼻を抑えたくなるような香水の臭いがする。
それが不快で、嫌いで、ことさら怖かった。
パブロフの犬のように、背中の痛みと香水の臭いで、僕は自然と愛想笑いを浮かべてしまう。
「まあへこむなって!」
「ははっ、いてーっ」
全く面白くもないのに、僕は笑っている。
最初は僕だって、彼らのやることに不貞腐れた子供のような態度をとっていた。
そんな態度は、今にして思えば合理的じゃなかった。
僕はいつからだったか、彼らの”いじり”の標的にされた。
僕の自尊心を傷つけるのが、彼らの遊びの一つになった。
そして今日のこのイベントも、彼らによって強要された罰ゲームだ。
「案外度胸あるよな、お前」
川上のドスのきいた声――。
万が一にもないだろうけど、今の告白が受け入れられたら、僕は五体満足ではいられなかったかもしれない。
だって告白した相手は、学年でも一番とされている高嶺の花だ。
僕はあくまで彼らの遊び道具でなければいけなかった。
ただの遊び道具風情が、女子への告白に成功するなんて展開は、あってはならないのだ。
罰ゲーム?
ちがう、これは彼らから与えられた一方的な命令だった。
嫌がらせの延長のようなものだった。
「なあ、もう帰ろうぜ」
「そうだな、眼鏡も帰っていいぞ」
彼らは校舎に向かって歩き去っていった。
クソみたいなイベントから解放され、ホッとしたのもつかの間だった。
じわじわと、命綱が切り落とされたように、不安な感情が湧きあがってくる。
一人残された渡り廊下は、さっきのような静寂に加えて、肌寒い隙間風が吹き抜けていく。
これも、失恋したってことになるんだろうか。
そんな実感が徐々に湧き上がってきて、少しだけ涙が出た。
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