第9話

 その女、彼女、讃岐邸に棲まう深窓の姫君は、五人の貴公子たちに、無理難題を言い渡したりはしなかった。火鼠の皮衣とか、蓬莱の玉の枝とか、燕の子安貝なんかを所望して、立派なおのこに燕の古糞を掴ませるなどといった男子の沽券をぶちこわしにするような非道なまねは決して演じさせなかった。

 ただ、この姫はずっと黙っていた。黙って、彼らの存在すべてを無視した。無視して、黙り込んで、彼らを『居ないもの』と決めてしまった。

 このような冷酷極まりない仕打ちが、どうして許されるというのだろう?

 そして彼らは出番を失いそれなりの失脚や醜態や絶望を演じ、それと取って代わったように現れるのは、彼ら五人の犠牲によって召喚されたとでもいうべき御方の登場だ。

 彼は、絶対だった。唯一無二だった。この世界に、たったお一人しかあらせられない。その御方が、彼ら五人を散々に振り回した噂をその御耳に入れられた。

  彼の人には当然、そのとなりに連れ添う御方があらせられる。御御方の住まう清涼殿の後方の殿舎には、一人、また一人と彼の人の愛する、みやびやかな方々が、承香殿に一人、貞観殿に一人、麗景殿に一人、宣耀殿に一人、弘徽殿に一人、登花殿に一人、そしてついでに淑景舎にも一人……と、後宮は今日も華やかも華やか、それぞれが焚き込める香のかおりと、贅を凝らして着飾ったあでやか、なよやかな重ねの色目で目も鼻も絢爛豪華に彩られ、まったく艶やか極まりない。

 そのように世の春を恣にするかのようなうるわしき、花の都の頂点に君臨する我が君でさえも、まあたらしい女の噂だけは、どんな喜びにも代えがたい福音で有り得るらしい、当然のように興味を持って、ちかごろちまたを席巻している女の噂についてその日の夜横についていた、気の知れた内侍に尋ねてみると、確かにそういう噂は出回っているという。彼女の話によれば、宮中のありとあらゆる男がその一人の女に手紙を書き送り、最終的に残った五人の公達も、女のつれなさにとうとう音を上げて、彼女から手を引いてしまったということだった。つまり、彼女はそのすべての男に、結局色よい返事をしなかったということらしい。

 その五人の最終候補者の名前は、彼の人にも聞き覚えがあった。そういえば、と彼の人は、数日前に見た、憔悴しきったような右大臣の顔におもいだした。本人から直接聞いたわけではないが、何でも長年連れ添った妻と離婚したとか、しないとか。

  帥の宮はその女に袖にされて以来ほとんど屋敷から出なくなってしまったというし、兵部卿宮や源大納言は変わらずまったりとして特に変化はないらしいが、平中納言のところなどは、北の方が産褥によって儚くなってしまったとか、ならないとか……

 ごく身近な人たちの間に次々に起こったことを内侍から聞きながら、彼の人はよく口の回る利発な女の耳朶あたりを指で撫でている。撫でながら彼の人は、次々と百戦錬磨の貴公子たちを撫で斬りにしてしまった、不思議な女のことを考えている。 「かわいそうなお人だね」

 と、時の帝はおっしゃった。

「どうにか、してあげることはできないのだろうか?」

 天を統べ、地を統べる、あらゆるものの頂点に立つ御御方の、この情け深さ、有り難さ。幸いなことに、後宮殿舎にはまだまだ空きがある。そこへ人一人を潜り込ませることができないほど、彼の意向が尊重されないような世の中でもない。大体からして、女がこれからたった一人だけ増えたからといって、それが負担になるような状態を、どうやったら作り出せるというのだろう?

彼の人は、もうすでにウトウトとまどろみはじめている内侍のやわらかな髪を撫でながら、ジリジリと短くなっていく燈台の灯芯を眺めている。

 燈台の向こうには屏風が立てられていて、何んの面白みもない無地の真っ白な屏風を照らし下ろすかのように、ほの明るい燈台の灯りが広がる。それが時々揺れて、白地の屏風に影絵を作る。彼はそれを見るのが好きだった。だからそういうばあいにおいて、余計な絵や装飾などはついていないほうがいい。物事は単純なのが一番いい。それなのに、現実の世の中というのは、単純に済ませられることも、何んでもかんでも複雑にしすぎる。体制や権力、地位や名誉、家柄だの、女だの、どうだこうだといちいち理由をつけ、余計な仕事や余計な規則を次々と生み出し、それを何らかの利益に仕立て上げ、うまうまと制度によって己の……

「命婦」彼の御方は、内侍を呼んだ。「眠ったの……?」

 内侍は答えない。ただ、あどけないその面おもての、ちいさな唇を少し開け、静かな寝息を立てている。

 エヘン、エヘンとどこかから咳きの音が聞こえた。それで内侍は目を覚ました。

「命婦」

 彼の御方は、とても静かな様子で、内侍の頬に片手を添えた。女の顔が強張り、それからすぐにやわらかく潤んだ。「その女性は、いまどうしているの?……」

 けれどやはり、この世は彼の人だけのもの、というわけでもないのだ。

であるからして、他ならぬ、御御方みずからのご希望であるにもかかわらず、その意向がそのまま通ることはない。しかし、一体どのような人物が、天上天下を統べる、すべての中心であるところのこの御方に難色を示せるというのか?

 それは時の権力者である、時の関白、時の左大臣である。彼は、右大臣が離婚沙汰だのそれに伴う北の方の狂乱だのにかかずらって、ほとんど政務に出てこられない間に、何かと一人で走り回っていた。

彼こそが、実のところの宮中においての絶大な権力を掌握していたといって良い。彼らの時代からまた少し上がれば、時の権力は上皇に移ったり、武士が権力を掌中に収めるような時代も起こっては来たりはするが、この時代においてはまだまだ、摂関政治が有効に機能していたといってよかった。であるからして、彼、左大臣は、時の主上に我が娘を献上することによってその地位を安泰させ、その娘を国母とすることによって絶対の基盤を確立し、主上の舅となることによって、彼の人の幼き時分は摂政として雅やかな人を支え、成人すればその後ろ盾たるべく、関白となって影より日向より御御方にお仕え奉って来たのだ。

彼は当然、主上の従僕である、が同時に、彼の人の舅でもあるのだ。彼が首を縦に振ればすべてのことがそれに倣い、彼が横に振ればそれは唾棄される。今回のことも結局、ただ前例に従って、そのような判断が下りただけに過ぎない。

「私が嘴を挟むことでもないでしょう」

 彼は言った。

「しかしどうなんでしょうね。出自もなにもほとんど分からないのでしょ? いくら噂になったからといって、そのような、ちりあくたのようなものを、わざわざ……」

 どのような寵愛を受けようと、それが他から突出してしまえば、嫌でもその寵愛を受けた后候補の実家の政治権力の拡大は促進する。それは当然だろう。太陽のような人からの寵愛、すべてを照らし下ろす唯一無二の存在、そのような有り難いものからの、祝福のような歓迎……それぞれの殿舎に女御更衣あまた候いたまいけるきさきたちが、御御方のご寵愛を望まないはずがない。しかし、雅やかな姫君たちを愛でるその先には、必ず権力争いがあるのだ。それぞれの殿舎には、それぞれの家から奉られた姫たちが、その愛情の先に一族の命運を担わされている。そのような中で、少しでも競争相手を減らしておこうと考えることは、理解できないことではないだろう。

 彼の御方の後宮には、七名ほどの女御、更衣がいられた。これを今日の目で見てしまえば、何と多くの后がいらせられるのだろうと感じてしまうかもしれない。しかしこの当時の時代区分の初期段階においては、なんとなんと二十九人になんなんとする后方がいられた時代もあるというのだから、この七名という数も、特に常識はずれの範疇には入らないだろう。

 しかし、七人であれ、二十九人であれ、一族の女の中から、何人も同時に後宮へ娘を送り込めるというわけではない。また、その一人ひとりのきさきたちの実家にも、格の違いというのは存在し、その格に応じて次世代の世継ぎが決定されるのだから、主上の舅であるところの左大臣は、他のきさきたちの台頭を、それほど心配しなくていい身ではある。なぜなら、左大臣の娘である中宮が主上から愛されるということは、”されるべきこと”なのだから。

 彼、左大臣が献上した自身の娘を、他ならぬ主上が愛す。それは当然のことだ。そういうことになっている。そうすることによって彼は孫を得、その孫が立太子することによって、彼がその摂政となり春宮となった自身の孫を、自身の主人としてお支えする。それが摂関政治というもので、そういった政治体制が敷かれる以上、主上はその愛すべき女性を愛さなければならない。

 そこに、個人の心よりの感情などは、付属してもしなくてもどちらでも構わない。そういう地位に座るだけの価値ある后を、そういう地位に座っている御御方自らのが心を注ぐ。それが政治だ。愛情だ。

 しかし、だからといって、彼の御方が左大臣の娘、中宮のことを無理矢理愛しているというわけでもない。愛情はもちろん、それなりにある。必ずしもお互いに対する好意的な感情の向きが一致する必要はないというだけのことだ。そして主上は慣例に従って、また別の家の高級な令嬢を後宮に迎える。その令嬢の家族にとっては、自分の家の娘が後宮に迎えられたということは家そのものの誉れだ。だからこそ後宮はいつでも、女の高貴な、気の遠くなるようなにおいで充溢している。それが主上にとっての日常だ。その空間は、穏やかで退屈で欲を感じる暇もないくらいに満たされている。飢えることはない。飢える隙間など存在しない。それがたとえ細かく内側に忍び寄ってきたとしても、すぐに様々なことによって埋め立てられてしまう。毎日はそれなりに忙しい。やるべきことが沢山ある。それをするためにこうして広大な土地を設け、大勢の役人が詰め、女たちがひしめき、目も鮮やかな、さまざまな色をしたうつくしい衣装、装飾、笛の音や琴の音……それらすべてが大内裏に犇めき合い、響き合い、折り重なり合い、夢見るようにまどろみ続ける理由とはなにか? それはお主上がたった今、こうしてここにあらせられるからだ。

 彼、左大臣は既にして自身の娘を主上に与え、それによって得た、関白という自身の立ち位置を確保している。であるからして、目下住人不在の後宮の一殿舎に、今更新しい女が居着くようなことがあるからといって、目くじらを立てたり、特別否定する必要もない。悠々とした高みから、下々の者として彼女のことを、涼しい顔で見下ろしていればいいだけの話だ。

 それにもかかわらず左大臣は、不機嫌なそぶりで手にした扇をパチパチいわせながら、御簾の向こうの彼の人の御わす、畳の繧繝縁あたりを見ている。

「いや、それだから良いのだろう」

 霞がかかったような向こうから、尊いお声が聞こえる。

「いろいろな噂が聞こえてくる。そのどれもが、ちょっと耳にしたことのないようなものばかりで」

「まあ、悪名は特に轟きやすいと言いますね」

「悪名ということもないでしょう。英雄豪に轟くというかね。実にしっかりとしたものです」

「そうでしょうか?」

 左大臣は多少膝を進めて、「まあたらしいことは認めますよ。その噂の何もかもがね。しかし特別目を向ける価値があるとはおもえないな」

 主上は、少し笑ったようだった。

「やけに、こだわるね」

「こだわっていませんよ」

「あなたのような見方をするものは……かえってその事物に恋着しているというものだ。普通の関心を寄せる者は、朕(わたし)のように、単純な好奇心のみで言及しているに過ぎない」

「それでは戯言の類としてしまって構わない?」

「ああ、だめだよ、それは」

 彼の人は、いくら注意しても聞かない猫か何かを叱るような言い方をした。「あなただっておかしかったでしょう? あの右大臣のうろたえかた!」

 それで左大臣はおもい至って、「いや、あれは」

「おかしかった。普段は取り澄ましたような顔をしているのにね」

「そんなふうに言っちゃあ気の毒でしょう」

「ああ、そうやって、朕にだけ言いたいことを言わせるわけ」

「そうではなくてね」

「幾つになっても、恋というものは人を混乱させますね」

「まあ……年甲斐もないというかね」

「年は関係ないでしょう」

「そうですかね」

「いいものでしょう。ああいうものは。幾つになっても」

 ニャーンとのんびりした声が御簾の向こうから聞こえた。御猫の命婦が鳴らした声に違いがなかった。そのちいさな毛並みを撫で上げる御指を、左大臣は見ている。

「悪趣味ですね。決して良いものとはおもえません」

「悪趣味ではいけませんか?」

 やわらかな御声で、御簾の向こうの人が尋ねる。左大臣は黙っていた。しかし、尋ねられているのだから、何かを口に出さなくてはならない。

「私は良くても……他の人がどう言うでしょうか」

 尊い御方は、それにはお答えになられない。


 かくして、噂の彼女は入内した。但し、東宮妃として。

 東宮とは春宮とも書く。次代の御代を統べる、ただ一人の御方である。その御方には既に、将来において『中宮』の身の上になるべき東宮妃がいらっしゃる。その御方はそして左大臣の末娘でも有り得る。であるからしてまたあたらしく入内した”その女”(いや、もうこれからはこのような蔑みは許されない)が彼の末娘を押しのけて、近い将来において『国母』となるはずもない……そのような恐ろしいことが、起こるはずがない……どこの馬の骨ともしれないような女(いや、御方)が、日出る国の最も崇高とされる国母などと?!

 しかしそのような心配はしなくてもいいことだ。そうだろう? 左大臣は考える。

 そもそも、なぜこのような『危険な領域』へと、事が進んでしまったのか?

「お父さんには、もう何人も良い人がいるではありませんか、と言うんだよ」

 と、彼の人は宣った。

「こどもだ、こどもだとばかりおもっていたが。知らないうちに育ってしまったかな」

 彼の人の口調には、落胆を滲ませつつも、どこか明るいところがある。逃した魚は大きいかも知れないが、それを攫った鷹に対してはそれほど反する意見を持たない、というところだろうか。

「私は反対ですね」

 左大臣は、議論の余地もないといったふうに拒絶した。「恐れながら……冗談でも言っていいことと悪いことがあるでしょう」

「生憎朕にはそのように高尚な冗談を打つような頭は無くてね」

「仮にも……畏れ多くも……天地を統べるところの……この世で最も慎重に検討されるべき……」

「いいじゃないの。既に義務は果たしているんだから」

「そういう問題ではありません。陣の座を設けて……会議を……」

「自由恋愛でしょう」

 彼の人はおっしゃった。

「は?」

「権力なんて端から手放している。これは他ならぬあなただから打ち明けることだけれどね」

 彼の人の声がごく小さく絞られ、否が応でも親密、緻密、秘密のにおいが漂う。左大臣は目と耳を凝らした。「もちろん朕の後に着くのは彼しか居ないでしょう。そしてそれを見守る御女も、ちいさくかわいらしいあの人のみです。でもそれはもっと先のことだし、朕だってまだまだ頭を丸めるには早い……それともあなたは、最早それが一番の望みかな?」

「そんな。滅相もない」

「あの人はそのようなものは望まないでしょう。生きとし生けるものすべてが、あなたのような計算ずくで生きているわけではないというのを自覚しなくてはいけない」

「そんな。あんまりな言い草です」

「このような言い方をすれば、またあなたが気分を害するに決まっているんだけど」

 彼の人は、彼などのためにそういう前置きをして、慎重に言葉を探し出す。彼は、他ならぬ尊い御方からそういう気遣いを賜るたびに、畏れ多く、しかしそれが当然であるかのような不遜な感情を抱くのだから不思議だ。しかし、欠けたることも無し、この俺が、そのような感情を抱いて何が悪いというのだろう?

「興味はある。それは勿論のことだ。みんなが良いと言っているものを、ちょっと覗いてみたいとおもうのは自然なことだろう。でもあの人が言うんだよ。年の頃から言ってみても、希求の強さの度合いから言っても、総合的な整合性からしても、お父さんよりは僕のほうがよっぽど正しい位置に居る……いつの間に、そのような口の聞き方を覚えたのだろう、とかね。知らないうちに育っちゃったなあ、というか」

「……………」

「それに、高貴なあなたの血筋だもの。それに敵う相手など、どこにも居やしないということは知っているでしょう? 競争相手にすらなりゃしないよ」

「それですから、問題だと申し上げているのです」

 左大臣はじれじれして、「まともな家なら、家系図のひとつやふたつ、厨子の中にでも大切に仕舞われて、管理されているもの。人をやってあの家のものを調べ上げました。確かに家系図は出てきた。説明を受けたものの話では、それなりに筋は通っているという。なにやら丸め込まれて帰ってきたようだが、その家系図の写しを見ても、私などには聞き覚えのない名前ばかりです。狭い世の中です。親戚という親戚はほとんど知り尽くして交流があるのが当然だというのに、名前も聞いたこともないものが、大層なふりをして、まともな家のように家系図など……、物の数にも入らない。前代未聞ですよ、このような人事は。正気の沙汰とはおもわれない。ああ、これは他ならぬあなたのために申し上げるのです」

 左大臣は哀れっぽい声を出して、「もしもこのようなことが世に知れて、狂気の沙汰などとおもわれたらいかが遊ばします。『物狂』などととんでもない悪罵に打たれて、御御身体をみずからでだいなしにするようなまねを……」 「まあ……その時になれば、大人しく頭を丸めて仏門にでも入りますか」

「冗談ではない!」

「あはは」彼は笑った。「それじゃ私が先例になればいい。それだけのことじゃないですか?」

 そういう問題では……そういう問題ではない!

 御前を退いてから、彼はカッカと煮えたぎる頭の興奮を自身でなんとか制御しながら、それでもドカドカと耳障りの良くない音を立てて簀子縁を歩く。

 先代であったなら……と、彼は考えた。

 先代であったなら、このような酔狂を演じることはなかったはずだ。あの御方は、実に辛抱強く、実に大人しく、実に御しやすい……素直で、穏やかな人だった。

 現在は六条の辺りに屋敷を構え毎日読経三昧にふけっているようだが、それでも時々尋ねて、そのまま時間が経つのも忘れて語り合うことも多かった。

 彼がまだ若輩の砌には、その御方の蔵人(秘書のようなもの)を勤めていた。彼のめのまえには、そうした光輝かしい未来が用意されていたのだ。十二歳で元服し、すぐに五位の地位を得て蔵人頭からキャリアをスタートさせた。十五歳で三位を賜り、中納言、大納言、とトントンと階段を登り、二十六歳で内大臣に。その時に、彼は自身の娘をはじめて入内させた。彼は摂政の宣下を受け、先代が即位すると共に、皇太子に立てられたのが、現在の帝だ。

 先代とは、馬が合った、と左大臣は記憶している。少なくとも、今上帝のように、彼の言い分を受け入れつつ、しかしそれを決して心から歓迎しているわけではないことを、あのようにあからさまにするようなことはなかった。俺が一言言えば、と左大臣は奥歯を噛む。

 あの君は物狂いだ。とてもじゃないけれど、国を治められるような器ではない。そうやって噂を流してしまおうか? そういえば以前こんなことがあった、そういえば、あんなことも……

「朕はもう若くはないし、諦めもつきます。でもあの人は違う。これからは若い人の時代です。そのような新しい時代の足を引っ張るようなまねはしたくない。立つ鳥跡を濁さず。これはどんな立場のものでも、先陣を切ったものが身に収めておく言葉でしょう」

 冗談では……ない!

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