第10話 第一試合

「ここだ」


「うーわこんなに人いんのかよ」


 春馬と天道は円形の試合場の観客席に直通する扉を開けた。そこには無数の人、人、人。腕を振り上げ、歓声を上げ、まだ選手が出てきてもいないのに応援の言葉を口にする。最上第九席とはそれほどまでに憧憬の念を抱かれる存在なのだ。普段そうそう戦闘を見ることが出来ないというのも大きい。


 まだ試合開始時間ではないことを確認すると、天道は頷き、資料を取り出しながら口を開いた。


「では説明を開始しよう。まずは階級……と言いたいが君に言ってもわからんだろうから、今から戦闘する最上第九席の説明をしよう」


「おう」


「最上第九席は実質的なエスティオンの戦闘員の頂点に立つ存在だ。九名で構成されている。その上に中央第零席というのがいるが……アレは別格だ。次元が違う。最上第九席はその一個下の階級の特級とはかけ離れた実力者。正攻法では辿り着くことはもはや不可能だ」


「じゃあどうすりゃいいんだよ。頂点だってんなら俺はそいつらぐらいになりたいぞ」


「君は可能だ……最上第九席の共通点。それは暴走を経験しているということだ。暴走を経験した者は強くなるからね。そして神器がレベル4ということ」


「レベル?」


「あぁそうか。君は知らないんだったな……神器にはレベルがある。上昇理由は未解明だ。レベル3到達者はそれなりにいるんだが、レベル4はそうそういない。レベル4になればそれだけで彼ら級の実力が手に入るよ」


「なるほどなぁ。俺は今何レベルなんだ?」


「わからん。まだ僕たちが実物検査していないからな。だが、2か3はあると思うよ。暴走経験者はレベルが上がりやすい傾向もある。安心したまえ」


「うへえ」


 喋り疲れたのか、二人が同時に黙る。一人だけ水を飲む天道を春馬が恨めしげに見るが華麗にスルーされた。実はかなり性格が悪いだろうことを春馬はもう見抜いていた。


「模擬戦闘試合って言うけど、神器が壊れたりしないのか?強いんだろ?」


「ん……じゃあ次は神器の説明をしよう」


 ぺらりと資料のページを捲る音がした。少し機嫌が悪い春馬は思った。筆頭研究員なら見なくても説明できるようにしとけよ、と。中々理不尽だ。


「神器には幾つかルール……というか仕様……がある。まず君の疑問に答えようか。神器のルールの一つ、神器は神器を破壊できない。傷つけることもだ。原理は不明だがね。そもそも神器は例外無く耐久性が異常に高いからそうそう破壊されることなどないだろうがね。実際神器ではない破壊兵器を用いても傷一つ付けられなかった」


「ふーん」


「そして仕様の一つ、神器は装備するだけで身体能力が飛躍的に向上する。その上昇率はレベルが上がるごとに大きくなる」


「ほーん」


「だから神器の能力が弱くてもレベルを上げるだけでかなり強くなれるよ。ただ……」


「ただ?」


「要注意人物がいる」


「ほう」


 話が逸れてる気がするぞ。


「先程言ったように神器は耐久性が高い。だが、神器を破壊され、うちの戦闘員が殺されるという事件が最近になって複数発生している。神器を破壊されるということは犯人は神器を使っていないか神器を破壊する能力を持った神器を使っているということ……気を付けたまえ。信じ難いことだがね」


「へーい」


 飽きてきたのか、春馬が生返事だけになる。それを察知した天道も黙って口を噤んだ。


 しばし無言の時間が続き、気まずい空気が流れ始めた頃、司会の大声が会場に響き渡った。


「皆様ァァァァァァァアア!お待たせいたしましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!第一試合開始でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええす!」


 元気がすぎる司会の女性の声に呼応するように、観客が更なる歓声を上げる。凄まじい熱気だ。


 よく事情を知らない春馬も何だか興奮してくるほどに。


「まずはこちらァァァァァァァアア!急遽出場をキャンセルした浮津選手の代理、天爛楽歩ぉぉぉぉぉぉおお!」


 うおおおおお!と響き渡る歓声と一緒に、一人の少女が入場する。誰だ?と一瞬会場が静まり返るが、代理なので問題ないだろうということで再び歓声が巻き起こった。


「そして今回の大本命ぇぇぇぇぇええ!最上第九席第四席、愛蘭霞ぃぃぃぃぃぃぃぃいい!」


 歓声が爆発する、とはこういうことだろう。もはや会場が物理的に揺れているようにすら感じる。


 愛蘭が入場し、観客に軽く手を振る。その目は観客席にいる誰かを探すようにキョロキョロしている。


『VIP席は漆がいるのでいやなのだー』


「姫ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!」


 拡声器も使っていないのに、会場全体に彼女の声が響き渡る。昨年を知る者は苦笑いをしているが、初めての者はその声帯の頑丈さに目を剥いている。


「なのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!」


 同じぐらいの声量で遺華が応えると、愛蘭の表情がパァァァと光り輝いた。本来最上第九席は通常観客席ではなくVIP席にいるはずなのだが、彼女は最上第九席に仲の悪い人間がいるため通常観客席で観戦していた。お陰で周囲の人間が耳を抑えて倒れかけている。


「見ててくれよぉぉぉぉぉぉぉお!」


「のだぁぁぁぁぁぁぁああ!」


 軽く手を振るどころではない。肩が外れるのではないかというぐらい大きく手を振りお互いの声に応える。周囲の被害に目を瞑れば非常に微笑ましい光景だ。


「例年の恒例行事も終わりましたので早速試合開始でぇぇぇぇぇぇぇす!ルールは簡単!気絶するか降参するまで戦い続けろぉぉぉぉぉぉぉぉおお!」


 うおおおおおおおおおお!と歓声が巻き起こる。両者が向き合い、軽く視線を交わした。油断のない目つきだ。


 (これが愛蘭霞……なるほど、恐ろしく強いでござるな……とにかく情報を持ち帰ることだけを優先しないと危険……)


 (レベル3……か。そこまで強くはない。が……)


「お前、うちの人間じゃねえだろ。誰だ」


「……ッ!?」


 観客には聞こえない程度の声量で問う愛蘭に天爛が衝撃の表情を向ける。


「まさかこんなに早く気付かれるとはでござる」


「そんな口調の奴いねーし私は構成員全員の顔覚えてるよ。さっさと正体明かせ。浮津はどうなった」


「……拙者に勝利したら教えてやるでござるよ」


「それではぁぁぁぁあ!試合ぃぃぃぃぃぃぃぃいい!?」


 言葉を交わしながら両者がそれぞれの武器を構える。愛蘭は糸を、天爛は“くない”を。水と糸、見えざる必殺の武器がその戦場で向かい合う。不可視と不可解がどう戦うのか。


「神器、使わねーのか?」


「一発芸故。そう簡単には見せませぬ」


「開始ぃぃぃぃぃぃぃぃいい!」


 その声と同時、愛蘭と天爛の間の地中から糸でできた超巨大な手が出現する。手のひらを天に向け、手首までしか表出していないが、容易(ようい)に天爛の身長を越えた大きさだ。


 糸を指から垂らし構えたあのポーズは全くの嘘偽り。本命はこの巨大な手か!騙し討ちこそが不可視の武器の基本、慣れているが故に忘れる熟練の者ほど騙される虚偽!


「な……」


 心中で感嘆しながら慌てて天爛が後退する。


 地響きと共に地面を割りながらやがて全体が表出すると、そこには三つの顔と六本の腕を持つ糸の巨人がいた。全ての手に武器を持ち、顔面は等しく憤怒の表情を浮かべている。見る者を例外なく威圧し、糸でありながら莫大な質量を持つ。死を執行する巨大な断罪者、その名を


「糸剛滅壊暴滅阿修羅(しごうめっかいぼうめつあしゅら)・攻滅天空(こうめつてんくう)」


 と言う。


 殺気を込めた瞳で天爛がそれを睨み、深く腰を落として“くない”を構え直した。腰元の水筒が音を立てて揺れる。


 対照的に愛蘭は余裕の表情だ。顔面全体を盛大に歪ませて挑発するように笑いながら指に繋がった糸だけでその巨大を操っている。


「……随分と悪趣味でござるな。糸の巨人など……」


「馬鹿が。このかっこよさがわかんねえかちんちくりん」


 巨人が二本の腕を動かし、天爛に武器を叩き付ける。大量の土煙を撒き散らし戦場が揺れたかと錯覚するほどの威力、到底糸で構成された肉体ができるとは思えないほどに迫力があり大振りなモーションで放たれたその攻撃をすんでで躱し、天爛が転がるように避けた。


 (ここまで差が開いているなど知らないでござる……!)


 第一試合が始まった。

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